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 押しかけのカイセイ

 休日のある日、庭の方から猫の鳴き声がする。うちの周辺は田舎で、ノラ猫にとっては天国みたいなところだから、これは大して珍しいことではない。だが、このときの鳴き声は何か切羽詰まった雰囲気を含んでいた。通常猫は自分の居場所を隠すために必要以上に鳴くことはない。だが今回はいつまでたっても鳴きやまない。掃き出しから外をうかがうと、庭木の陰で黒っぽい小さな塊がこっちを見ているのがわかった。サッシを少し開け、チッチッと舌を鳴らすと返事をするようだ。外に出てみたが、その黒っぽい塊は藪の中に逃げ込んでしまう。家に入って様子をうかがうとまた、かろうじて見えるところまで出てくる。小さい。親とはぐれたノラかな?しばらくすると、庭の広いところまで恐る恐る出てきた。黒じゃない。サビ猫だ。かわいい顔をしている。黒毛が目から鼻先にかけて集中しており、ちょっと狸っぽい。一緒に見ていた上の娘に声をかけた。            「きのうのマグロの刺身、まだあったよな?」       「うん。」                        「持ってきて。」                     小さな一切れをトレイに乗せて庭に出ると、サビ猫は一目散に藪に隠れてしまう。さっきまでいたあたりにトレイを置き、自分は室内に戻って様子をうかがう。出てきた。かなり警戒していたが、よほど空腹なのだろう。しばらマグロの匂いを確かめると、すぐに貪るように食べ始めた。

  猫というのはなぜかマグロの刺身を食べるときに変な声を出す。猫によってはそれが「マグロウマイ」と聞こえる。その時、初めてそれを聞いた。

  マグロが綺麗になくなると、また藪に戻って鳴きだした。伝わるはずもないのに「マグロあるよー」などと言いながら、出て行ってトレイの上にもう一切れ。今度は室内に戻らず、サッシの出口に腰掛けて様子を見た。かなり警戒しているがまた出てきた。こちらの様子をうかがいながら、また何か言いつつ食べた。次の一切れの時には少しずつ近づいてみた。逃げない。こちらの存在には気付いているはず。背中に触ってみる。ビクッとしたが逃げない。次の一切れを食べ終えると、もうその場から逃げることはなかった。「もっと」みたいな顔をする。慣れるの早すぎじゃん。抱き上げてみた。抵抗なし。よほど寂しかったのか、それとも相当図太いのか。声に気付いてから30分とたっていない。瞬殺である。家の中に入れても驚かない。うろうろしながら、先住民(シャミという猫の子ども4匹)のケージを不思議そうに見ている。どこかの家で生まれたのを捨てられたのかもしれない。先住民たちも最初は警戒していたが、すぐおとなしくなり、興味津々で見ている。                「これ、かわいい。」                   と下の娘。次に何を言うかはわかっている。だから先に言った。                                 「ママがこれ見たら起こるぞ。」

 ママは怒らなかった。                 「どうすんの?飼うの?」                「余裕があれば。」                    そう言わせてしまうほど小さくて、かわいい顔をしていた。 「しょうが無いわねえ。」

 こうしてサビ猫は我が家の押しかけ猫となった。去勢。ワクチン。ワクチンでは死にはぐったがすぐに回復。当時のアニメのキャラ名から「カイセイ」と名がついた。劇中のカイセイって狸なんだけどな。そういえば、海外のアニメ映画「ヒックトドラゴン」に出てくるトゥース(レス)というドラゴンにも似ている。

 最近「カイセイ」はアトピーを発症し、過剰グルーミングによる脱毛を防ぐために半袖半ズボンのつなぎを着ている。これまたかわいい。そして僕の腹の上で寝る。許す。ただ、時折本気で熟睡して転げ落ちたりする。お前、それでも猫か?

  あれから何年経っただろうか。今でも時々、マグロをせしめては訳のわからない独りごとを言うカイセイであった。

本人はリラックスしているらしい。
半袖半ズボンのつなぎ。

作成者: 835776t4

こんにちは。好事家の中年(?)男性です。「文化人」と言われるようになりたいなあ。

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