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 白い色は恋人の色

 少し前のこと。夕方TVをつけっぱなしにして料理をしていたら、耳慣れた曲が流れてきた。それはベッツィ&クリスというアメリカ人のフォーク・デュオが1969年にリリースした「白い色は恋人の色」という曲だった。慌ててTV画面を見ると三井住友のCMが流れていた。ああ、なんて懐かしい!CM用の替え歌とはいえ、令和の時代にこの曲を使うって、いったい発案者誰?

 もちろん1969年当時の僕はこの手の曲を自ら選んで聞くような年齢じゃない。これは僕が子供の頃に、まだ40代だった親父が買ってきたレコードで初めて聞いた曲だ。その切ないサビのメロディーが、なぜか幼い僕の心に刺さったんだなあ。

 今に思えば親父は年のわりにハイカラな曲を聴く人だった。参考までに書くと、本田路(る)津子というフォークシンガーの「秋でもないのに」という曲を、これまたオヤジのレコードをひったくるようにして聞いていた覚えがある。これもどこか切ないメロディーの曲だった。なんかませた子供だったよなあ。

 さて、この「白い色は恋人の色」は、僕が思春期になるころにはむしろ僕の愛聴盤として、当時まだ枚数の少なかった「僕のレコード」になっていた。歌詞は昔故郷で好きだった人の思い出を歌っていて、2番と3番では青空の澄んだ色を初恋の色、夕焼けの赤い色を思い出の色に例えている。それにしても、なぜこうも刺さるのか。調べてみてわかった。なんと作詞・作曲が北山修と加藤和彦!今の若い人は知らないだろうが、名曲「あの素晴しい愛をもう一度」を作ったコンビだと言えばわかるかもしれない(最近合唱曲として中学生などに紹介されている)。いずれにせよ、この二人がフォークの一時代を築いた大御所であることは間違いない。

 そんなわけで、この曲を思わぬところで聞けたことがとてもうれしく、大きな驚きでもあった。20年ほど前、日本のドラマの挿入歌にミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」が使われた時以来の驚きだ…とか何とか言ってたら、今度はニルソンの「ウィズアウト・ユー」が聞こえてきたぞ!これも当時僕の大好きだった曲で…そうです、切ないんです、曲調が。それにしても、いったいなんのCMだ?何?ジムビームだって?そっかあ、あのサントリーか。じゃあしょうがねーな。え?言ってることがよくわからん?Youtubeでサントリーウィスキーの、昭和の頃のCMを検索すればわかるよ。

・「秋でもないのに」1970年、本田路津子のデビュー曲。

・「あの素晴しい愛をもう一度」1971年、北山修・加藤和彦のヒット曲。「あの素晴しい…」と表記するのは間違いらしい。

・「シェリーに口づけ」1971年、ミッシェル・ポルナレフのヒット曲。

・「ウィズアウト・ユー」1971年、ニルソンのヒット曲(オリジナルはイギリスのロックバンド、バッド・フィンガーの曲)。

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 前世紀の車

 うちのプジョー406セダンV6が13回目の車検から戻ってきた。しばらく乗っていなかったので多少不安もあったが、そんな僕の心配をよそに、今のところ元気に走り回っている。

 この車は初年度登録が1999年、今年で28年目になる。まごうこと無き前世紀の車だ。以前にも書いたように、10年を過ぎたころに1度全塗装し、痛んだモールやくすんだヘッドライトも交換した。ここ数年でまたしても塗装が痛んできたので、できればもう一度、とも思ったのだが、もう純正パーツを見つけることは難しく、全塗装も価格が前回の倍近くするとのことで、主治医たるメカニックに「いつ動かなってもおかしくない車にそれだけお金をかけることは、一般論としてはお勧めできない」と言われてしまった。だから今はできるだけきれいに維持し、ワックスを頻繁にかけることでしのいでいる。ヘッドライトについては最近良い研磨剤が出ていて、もう購入済みなので症状が軽い今のうちにきれいにしてやろうと思う。

 インテリアの樹脂部品も歪んだり崩壊したりするものがあって、なかなか見た目を維持するのが難しくなってきた。カーコンポは純正品(カセットデッキ付き!)がかろうじて機能してはいるが、リアスピーカーは雑音が入るようになった。おそらくコーンの接合部がダメになっているのだろう。大分前にドアスピーカーを自力で交換したので、合うスピーカーユニットがあればリアも交換するつもりだ。

 車検のために入庫したときに、若い新人の店員がいたので「この車の初年度登録は君が生まれた時よりずっと前だよ」と言ったら驚いていた。来客用の駐車スペースに停めて眺めると、とてもプジョー車とは思えない。現行のプジョーはそれほどデザインのニュアンスが変わってしまった。今では208だけが、あのころの面影をかろうじて保っている。

 僕とプジョーの関わりは、今から40年前までさかのぼることができる。始まりは505GTIというセダンで、これはプジョー最後のFR車だった。84年車を中古で購入したもので、その足回りのセッティングとハンドリングは、いまだにこれを超えるものは存在しないと思える素晴らしいものだった。加えて当時のプジョーはそのデザインをピニンファリーナに任せていたので、505のそれもエレガントで独特な味わいがあった。有名な406クーペを最後に縁が切れてしまったのが残念でならない。件のメカニックに「この406がイカレたら、もう一度505に乗りたいなあ」と言ったら、それだけはやめてくれと言われてしまった。

 今は406をあと3年もたせることが夢だ。つまり2年後にもう1回車検を通し、さらに1年間維持する、ということだ。これを言うと例のメカニックはいつも困った顔をする。だが今のところ走りはすこぶる快調だ。それは彼も認めている。とにかく、行けるところまで一緒に行こうじゃないか、なあ、婆さん。え、なんで婆さんなのかって?だってフランス語だと車は女性名詞だからね。

 現状。写真で見るとアラが目立たないが、よく見るとボンネットの前端にシミのようなものがあるでしょう?これがルーフやトランクリッドにもある。これも写真ではよくわからないが、ヘッドライトも微妙に黄変し、曇ってきた。後ろに停めてあるのは登録抹消中の406クーペ。ミッションに不具合がある。