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 久しぶりにロックを聞いた

 2月3日、節分の日の午後。僕はカミさんと二人で恵方巻を買いに出かけた。帰り道の車中で、いつものようにJウェーブ(FM局)を聞いていると、なんだか懐かしい雰囲気のロックが流れてきた。歌詞の理解できる部分から察するに、どうやらプロテスト・ソングのようだ。え、誰だろう?ジョー・コッカーか?バリー・マクガイアかな?歌い方と曲相はそんな感じだが、少し声が違うような…彼らはもっとダミ声のはずだ。でもバックに流れるハモンド・オルガンやハープ(ハーモニカ)の音色、ゴスペル調のコーラスは彼らの時代を彷彿とさせる。いいな。なんだか胸が躍る。

 曲が終わるのを待ってアナウンスを聞くと…ブルース・スプリングスティーン!彼のことをすっかり忘れていた。曲名はストリート・オブ・ミネアポリスと聞こえた。知らない曲だ。

 帰宅してすぐ、ネットで調べてみた。そこにはソニーミュージックのオフィシャルサイトがあって、1月29日付の記事に1本のミュージック・ビデオが掲げられていた。「ストリーツ・オブ・ミネアポリス」。これだ。配信は1週間前。新譜なのか…!

 記事によるとこの曲は、不法移民の取り締まりが激化しているアメリカのミネアポリスで、先月ICE(移民・関税執行局)の職員が2人の市民を射殺したことを受け、それに抗議し、犠牲者を追悼するために急遽発表したものだそうだ。

 そのミュージック・ビデオには、ICEの行き過ぎた取り締まりに抗議するミネアポリス市民の姿や、彼らが凍りついた地面に押さえつけられ、逮捕される様子が映し出されていて、今から50年以上前、ベトナム戦争に反対して抗議活動を起こした当時の若者たちを思い起こさせた。ところどころに挿入されるブルース・スプリングスティーンのマイクに向かう姿も、76歳にして鬼気迫るものがある。

 サイトには動画のほかに歌詞の和訳も掲載されていた。事件を正当化しようとする現大統領や政府高官が名指しされていて、その本気度がうかがえる。思うのだが、歌い手もそれを聞く人々もロックを享受した世代ではあるものの、今では分別のあるいい大人のはずだ。それを怒らせたのだから、これはただじゃすまないだろう。というか、そうであってほしい。なぜなら、それこそが僕にとってのアメリカだからだ。

 あらためてミュージック・ビデオを観ると、アドレナリンが体中を駆け巡るような感覚を覚え、思わず鳥肌が立った。悲惨な事件を歌いながらも、そのメロディーと歌声は普遍的で力強い。自己流でロックというジャンルを定義するつもりはないが、久しぶりに本物のロックを聞いたような気がした。ミネアポリスの、延いてはアメリカの人々、勝てなくてもいい。だが負けるなよ!人間は叩きのめされることはあっても、負けるようにはできちゃいないんだ。(※)

※ アーネスト・ヘミングウェイ「老人と海」の有名な一節。

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 アニメとヘミングウェイ

 久しぶりに「バーテンダー」というアニメのディスクを引っ張り出してきて鑑賞した。同名のマンガを2006年にテレビアニメ化したもので、さすがに作画などには時代の古さを見て取れるものの、演出の面においてはかなりこだわりを感じさせるヒューマンドラマだった。当時このアニメを一緒に見てカクテルの美しさに感動した幼い娘たちが、その年のクリスマスにカクテルを作るための道具をサンタさんにお願いしたことは、酒好きの父親にとってこの上ない幸運だった。 

 中でも好きなエピソードが、第5話「バーの忘れ物」。パワハラ上司に地方支局に左遷されようとしている小心者の若い社員に、主人公であるバーテンダー佐々倉がヘミングウェイの小説「老人と海」の話をする。初出が1952年のこの中編は、小舟で一人海に出た老漁師が3日にわたる死闘の末、巨大なカジキを仕留めるも、血の匂いを嗅ぎつけて集まってきたサメに襲われ、奮戦むなしく獲物をほとんど食いちぎられてしまうというストーリー。佐々倉はこの小説の中で老人が呟く有名な「・・・人間は負けるようには作られちゃいない。叩き潰されることはあっても、負けやしないんだ。」という言葉を引用して若い社員を励ます。彼は辞令を受けることを決意し、佐々倉との再会を約束して新しい任地へと旅立っていく。

 ヘミングウェイ(アーネスト・ヘミングウェイ 1899~1961)はやたらと男気のある人物で、1930年代に起こったスペイン内乱では義勇兵としてファシスト政権に立ち向かったこともあるぐらいだ。「老人と海」においてもヘミングウェイは困難な状況に屈せず立ち向かうという人間としての尊厳(そんなものは今や化石でしか見たことがないという気もするが)を深く考察し、描いている。以前僕は、中島みゆきの「ファイト!」という曲について触れた時に、「人は勝つためというより、負けないために戦い続けることがある」と書いたことがあったけれど、まさにそんな感じだ。

 実際、ヘミングウェイにも長いスランプに悩んだ時期があった。その末に書き上げたのが、この「老人と海」だった。彼はこの作品がきっかけで1954年にノーベル文学賞を受賞したが、後の航空機事故に起因する精神的な病のために、1961年、自ら命を絶ったという。彼を知るものにとっては、なんとも残念な終わり方だったと言うほかは無い。

 バーテンダー佐々倉はエピソードの中で、若い社員にフローズン・ダイキリというカクテルを振る舞っている。これはヘミングウェイが好んだカクテルの一つで、糖尿病を患っていた彼はレシピにアレンジを加え、砂糖を抜いてベースのラムを2倍の量にしていた。これはパパ・ダイキリもしくはパパ・ドブレ(パパのダブル)と呼ばれていて、彼が晩年を過ごしたキューバでは今もバーのメニューに載っているそうだ。ちなみに彼は当時、地元住民から親しみを込めてパパ・ヘミングウェイと呼ばれていた。

追記 TVアニメ「バーテンダー」は現在新作を制作中とのこと。2024年春に放送の予定らしい。前作と同じような雰囲気で作ってくれるとありがたいのだが。