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 久々の「夏と言えば…」。

 夏になったので、例によって怪談めいた話を少々。

 今年の4月に京都に行った話をしたと思うが、その時のことで今でも気になっていることがある。

 この旅行では経費節約のためにビジネスホテルを利用した。京都駅の八条口から徒歩5分足らずという立地で、真新しく、ビュッフェスタイルの朝食がつくという理想的なホテルだったのだが、到着時、僕はこのホテルの玄関ドアにたくさんの手形がついていることに気づいた。それは常識では考えられないほどの数で、強い違和感があった。玄関ロビーと言えばホテルの顔みたいなものだ。もちろんビジネスホテルだから華美な装飾は期待しないが、清潔感に関しては気を配るのが普通だろう。

 その手形は自動ドアの大きなガラスの、特に上のほうに集中していて、視線とガラスの反射角の関係か、上に行くほどはっきりと浮かび上がって見えた。しかもそれは、誰かが隙間なく意図的につけたかのように見えた。

 これほどたくさんの手形を、ホテルのスタッフが見落とすはずがない。それとも普段通用口を使うスタッフは玄関ドアを通る機会がないのだろうか。いやいや、それにしたって玄関ドアの汚れぐらい日常的にチェックするはずだ。ということは、やはりこれはスタッフの怠慢としか思えない。その時僕はそんなことを思いながら少々憤慨していた。だがそんな心配をよそに、そのホテルはほかに憂慮すべき点は特に無く、僕たちは快適な3日間を過ごした。それでも僕らが滞在している間、手形は何の変化もなくそこにあり続けた。

 あれから4か月が過ぎたが、あまりにも印象が強く、妙な違和感があったためか、今でもあの手形のことを思い出す。そしてそのたびに新たな疑問がわいてくる。例えば、なぜあの密度で均一に、しかもガラスの幅いっぱいに手形がついていたのか。仮に掃除をしたスタッフが不用意に手をついてしまったのであれば、あれほど多くの手形が均一に残るはずがない。

 もう一つ、もし宿泊客や通行人がいたずらに手形をつけたとしても、あれだけの数の手形をつけるには時間がかかる。誰にも見とがめられずに、そんなことが可能だろうか。それに、手形はガラスの一番高いところにもついていた。よほど背が高くなければ脚立が必要だろう。

 そして何よりも、皮脂だか汗だかは知らないが、あんなにたくさんの、しかも鮮明な手形を残すことが人間にできるのだろうか。

 今に思えば写真を撮っておくべきだった。そうすればもっと手掛かりになるものが後々見つかったかもしれない。だがあの時の僕は、ホテルスタッフの怠慢として普通に解釈してしまっていた。

 僕は根っからの心霊現象肯定派ではない。心霊現象にまつわる話を聞いたり読んだりするのが好きなだけだ。今回のエピソードにしても、別に手形が浮き出す瞬間を見たわけではなく、家族も同じように見ているのだから、きっと何か理由があるはずだ。そうなれば、これはホラーではなくミステリーだ。だが判断がつきかねる今は、とりあえず「不思議な話」にしておきたい。そのほうが僕にとって、世の中がほんの少し楽しくなるからだ。