カテゴリー
未分類

 アラン・ドロン追悼

 8月18日にフランスの名優アラン・ドロンが亡くなった。享年88歳。好きな俳優だったのでとても残念だ。

 僕は映画好きの両親の影響で、TVの「洋画劇場」を見て育った。だから小学校の頃、僕のヒーローはスティーブ・マックィーンで、ヒロインはオードリー・ヘップバーン。勿論仮面ライダーに血道をあげる友人たちとは全く話が合わず、この件に関してはちょっとした変人扱いだった。

 思春期になると少し好みが変わり、豪快なカッコよさよりも陰りのあるキャラクターに目が行くようになった。そんな時にたまたま観たのがアラン・ドロン主演のフランス映画、「サムライ(1967)」だった。僕は寡黙でクールな一匹狼の殺し屋を演じるアラン・ドロンにすっかりやられてしまった(何も言うな、そういう年頃だったんだ)。僕が右利きなのに腕時計を右手首に着けているのも、主人公のジェフが右手首に腕時計を着けていたからだ。それが何十年もの間に習慣化して今に至っている。バカみたい。でもそれぐらいカッコよかったんだよ。実際この頃には世界中で人気を博し、「世紀の二枚目」なんて言われていたもんな。

 1970年になるとレナウン・ダーバンがCMキャラにアラン・ドロンを起用。そしてその4年後には映画「ボルサリーノ2」が封切られた。僕が彼を劇場で見たのはこれが最初だった。このころ僕の勉強部屋には、伯備線のD51三重連のポスターとともにアラン・ドロンのでっかいポスターが貼られていて、これは確か1971年の「レッド・サン」のものだったと思う。この映画はアラン・ドロン、チャールズ・ブロンソン、三船敏郎が三つ巴の争いを繰り広げる異色西部劇で、三船敏郎は西部を横断する江戸幕府の使節団の警護責任者(だったかな。勿論ストーリーは架空の話)を演じ、いい味を出していた。ちなみにアラン・ドロンは一番の悪役だった。性格の悪い二枚目。嫌だねえ。

 そもそもアラン・ドロンは、コメディからサスペンス、シリアスドラマまで何でもこなせる実力派の俳優で、それゆえアイドル的な二枚目スターとして扱われることに強い抵抗を感じていたようだ。実際、作中の彼は映画によってイメージが大きく異なる。だから僕も「『サムライ』の時のアラン・ドロンに憧れるんだよね」などと、作品名を付け加えて話す習慣が身についてしまった。これが「『アラン・ドロンのゾロ(1975)』のアラン・ドロン」だったら僕だって憧れたりはしない。だってほぼコメディだもんね。この映画でのアラン・ドロンは、のちにメキシコとなるスペイン領のおバカな総督で(ホント、バカなんだこれが)、その実体は正義の剣士、怪傑ゾロ。正反対のキャラを見事に(というか楽し気に)演じ分けていた。

 そんなわけで、アラン・ドロンは僕にとって一時憧れの人であった。だが本当のことを言うと、どんな映画よりもダーバンのCMが一番好きだった気がする。勿論CMとしての演出や演技はしていただろうけど、もっとも素に近いアラン・ドロンを見ることができる唯一の情報ソースだったからね。

 これらのCMは、マニアがコレクションしてYoutubeに動画を上げているので、今でもシリーズ全編を見ることができる。時々閲覧して、古き良き時代を懐かしんだりしているが、時代が時代だから、多分今の人にはわかってもらえないだろうなあ。

 というわけでムッシュ・ドロン、いろいろとありがとう。そしてお疲れさま。どうか、安らかに眠ってください。

作成者: 835776t4

こんにちは。好事家の中年(?)男性です。「文化人」と言われるようになりたいなあ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です