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 フィリップ・マーロウって誰だ?

 私立探偵フィリップ・マーロウ。若い人は知らないかもしれないが、アメリカの作家レイモンド・チャンドラーが書いたハードボイルド(※)小説(シリーズ)の主人公だ。クールかつタフでありながら、やさしさを心の奥底に秘めているという人物像で、映画の世界では数多くの俳優が彼を演じてきた。有名どころではハンフリー・ボガードやロバート・ミッチャム、最近では2022年の「探偵マーロウ」でリーアム・ニーソンが演じている。

 原作者のレイモンド・チャンドラーが活躍したのは1930~1950年代なので、探偵のイメージはトレンチコートにソフト帽といったところだろう。僕が思うに、そのイメージに最も合っているのは「さらば愛しき人よ(1975)」のロバート・ミッチャムだ。「三つ数えろ(1946)」のハンフリー・ボガードも悪くないが、ハリウッド俳優としては体が小さく(身長173㎝)、画面からタフというイメージを汲み取るのはちょいと難しい。それに比べてロバート・ミッチャムは183㎝、体重は90kg。原作の設定に近く、ちょっとやそっとでは参らない風体だ。あまり表情の変わらないクールな面構えも私立探偵らしくていい。だが誰が一番好みのマーロウかと問われれば、話はちょっと違ってくる。

 数あるフィリップ・マーロウ物の中でも傑作と言われている「ザ・ロング・グッドバイ」。この小説が映画化されたのはだいぶ遅く、アメリカン・ニューシネマ全盛の1973年だ。物語の舞台も1970年代に置き換えて制作され、エリオット・グールドがフィリップ・マーロウを演じた。この映画では、マーロウは普段はぶつぶつと愚痴をこぼしながらも、大抵のことは「どうでもいいけど」「大したことじゃないし」とスルーする適当な男だが、「どうでもよくない」ことには徹底的にこだわる。彼は好き嫌いの激しい猫を飼っていて、映画の冒頭では深夜に餌が切れていることに気づき、お気に入りのキャットフードを探してスーパーをさまよったりもする(わざわざくたびれたネクタイを締めて出かけるんだぜ)。この導入部は映画のオリジナルで、エリオット・グールドはこういうちょっととぼけた人物を演らせるとピタリとはまる。

 肝心のストーリー(ネタバレあり)は不倫がらみの殺人事件を描いている。マーロウは友人と思っていた男にいいように利用され、最終的に3人の人死にが出るが男は意に介さない。原作では終盤、自殺を装いメキシコで優雅に暮らしていたその男がやってきて、何食わぬ顔でまた飲もうぜと誘うが、マーロウはそれを断り、別れを告げる。だが映画のエンディングは原作と大きく異なっている。

 マーロウは彼がメキシコに潜伏していることを突き止め、男のもとを訪れる。二言三言会話を交わし、確証を得ると、表情一つ変えずに拳銃を抜き、1発でケリをつけて唾を吐く。普段の飄々とした態度と打って変わって、問答無用で引き金を引く姿に見るものは唖然とさせられるが、彼は何事もなかったかのようにハーモニカを吹きながら、男の家を後にする。

 確かに原作のイメージからはかけ離れているが、時代に合わせた改変はかなり成功していると思う。そう、世の中にはどうでもいいことって結構多いのだ。いちいち取り合うほど人生は長くない。だが見過ごせない物事については容赦しない。これぞ70年代版ハードボイルド。ということで、僕にとってはこのエリオット・グールド版が一番性に合う。

 映画自体、主人公が人一人殺しておいて、事後処理とかどうするんだろうと心配になるが、それこそ「ま、どうでもいいか」と思わせてくれる、名匠ロバート・アルトマン監督による快作だった。カルトムービーとして令和の今でも、いや、令和のこんなご時世だからこそ、支持され続けているのも頷ける。音楽はかのジョン・ウィリアムス。たった1曲を多彩なアレンジで使いまわしている。挿入歌の「ハリウッド万歳」も効果的に使われていて、聞きごたえあり。

※ ハードボイルドとは元来固ゆでにした卵などのことで、中身が固まって流れないことから「感情に流されない」ことを意味する(諸説あり)という。主に文学の表現方法を指す言葉で、客観的かつ簡素な文体で、感情表現を交えず、写実的に表現する手法のこと。アーネスト・ヘミングウェイに始まり、レイモンド・チャンドラーらが確立したと言われている。内容的にも情に流されず、感情を表に出さない主人公が多く描かれてきたので、今ではそうした生き方を表現する言葉としても使われている。

追記 映画「三つ数えろ」の原作は「大いなる眠り」。同じく映画「探偵マーロウ」の原作はベンジャミン・ブラックが書いた「黒い瞳のブロンド」。「ロンググッドバイ」の続編として公認されている。 

作成者: 835776t4

こんにちは。好事家の中年(?)男性です。「文化人」と言われるようになりたいなあ。

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