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 デイヴィッド・リンチはご乱心によってマトモになるか

 つい最近WOWOWで、昨年亡くなった映画監督、デイヴィッド・リンチの追悼特集をやっていた。デイヴィッド・リンチと言えば、その不条理かつ難解な作風で有名だ。僕は熱心なファンではないので、そのすべてを観たわけではないが、「エレファント・マン(1980年)」や「デューン 砂の惑星(1984年)」なんかはわりと好きだ。

 今回の追悼特集にあたり、ちょいと話題に上っていたのが1999年の「ストレイト・ストーリー」という僕の知らない作品で、ネットでは「これまでと全く違う作風」「デイヴィッド・リンチ、なんか悪いもんでも食ったか?」なんて言う書き込みがされていた。映画自体は感動的なロードムービーだという。あのデイヴィッド・リンチがねえ。これはちょっと見てみたいかも。ということで、放送日を待って早速鑑賞。

 主人公のアルヴィン・ストレイトは73歳の腰痛持ちの老人で、10年間仲たがいしていた兄が倒れたと聞いて、時速8キロしか出ないトラクターに乗り(目が悪くて車はもう乗れない)、560キロ離れた兄の家を目指してひとり旅に出る。創ってるなァ、と思いきや、これが実話の映画化だというから驚いてしまう。

 淡々と進むストーリー、道中で出会う心優しい人々、美しいアメリカ中西部の田園風景…。なるほど。確かに従来のデイヴィッド・リンチからするとかけ離れている。これじゃファンがご乱心かと心配するのも無理はない。一周してまともになったか。いや一周したらもとに戻るか。ガッツ石松みたいになってるな。

 やっとのことで再開した兄弟が、言葉少なに会話しながらふと涙が滲み、こぼれ落ちるラストシーンは、観ているこちらも目頭が熱くなる。言葉にしなくても、弟が何しに来たのかがわかるんだね。「エレファント・マン」でも同じようなシーンがあったなあ。アンソニー・ホプキンス演じる医師が、初めてエレファント・マンを見て奇形の凄まじさに驚き、その境遇を憐れんで涙が滲んでいくシーンをワンカットで撮っていた。こちらは全くの無言だったが、何を思っているのかが切々と伝わってきた。「この俳優、すげえ」なんて思ったのを、今でもよく覚えている。

 ところで「ストレイト・ストーリー」には何気ないのに心に刺さるセリフがいくつかある。なかでもアルヴィンがたまたまかかわった若いロードレーサーたちに「歳をとって最悪なことは?」と聞かれて答えた、「若いころを覚えていることだ」というセリフ。若者たちも意外な顔をするが、考えてみれば、僕ぐらいの歳でも忘れてしまいたい黒歴史はいくらでもある。アルヴィンにとっては体の衰えよりそっちのほうがつらいらしい。のちに明らかになる理由を聞けば至極もっともな話だ。

 もう一つ、アルヴィンが旅に出る前の晩に娘が言った「収穫の季節」という言葉。そういえば画面には、たわわに実って収穫を待つトウモロコシや小麦(春小麦?)と思しき畑や、稼働する大きなコンバインが何度も映し出され、周囲の木立や林も美しく色づいている。だが収穫が終われば命のサイクルも終わる。…人生における収穫とは何だろうか?

 主人公アルヴィンを演じたのは往年のバイプレーヤー、リチャード・ファーンズワース。セリフ回しもさることながら、その表情や立居振舞で名演技を見せている。ラストシーンのみの出演で兄を演じ、感動をかっさらうハリー・ディーン・スタントンも素晴らしい。すでに老いた人も、これから老いる人も、ぜひ見てほしい作品だ。ああ、またお気に入りの映画が増えてしまったなあ。