運転、するかさせられるか。
カミさんが車を買い換えた。前の車は十数年乗り続け、走行距離も18万キロに近い。車種はトヨタのNOAH。新しい車はその新型だ。とうに付喪神がついているであろう旧NOAH様は大きなトラブルもなく、長いあいだ家族に貢献してくれたが、最近オートマの感触に微妙な異常が生じ、始動時の音も以前に比べて大分危なっかしくなっていたので、こればかりは仕方がない。言うなれば大往生だ。そんなわけで、廃車になることはわかってはいたが、最後の日にはいろいろな意味を込めて車体や室内を綺麗にしてやった。
さて、久々に新車を購入するにあたって驚いたことがある。この十数年での技術の進歩というのか、「使用上の注意」の説明を何とほぼ1時間にわたって聞かされたのだ。率直な印象は「こりゃ最新家電だな」というものだった。さらに聞いたこともないような安全装備が満載だ。何しろABSの説明で、やっと知っている略語が出てきたぞ、という感じだったもんな。さらに「視線を前方からそらすと警告されますよ」であるとか、「白線からはみ出すと警告されますよ」であるとか、とにかく気を抜くと車に叱られるらしい。そしてさらにさらに、ナビがやたらと情報を提供してくる(最新ニュースって何だよ)。人によっては便利なんだろうけど、僕みたいなタイプには少々うっとうしい。おまけにフロントガラスに現在のスピードと制限速度、それに何とかと何とか(いまだによくわかっていない)が表示される。だがちょっと待て。おお!何とこれは、かの松本零士氏が涙を流して喜ぶであろうヘッドアップディスプレイではないのか!?確かこのシステムと同じものがWWⅡ時、メッサーシュミット(ドイツの戦闘機)の照準器に使われていたはずだ。松本零士氏のコレクションの展示会で実物を見たことがある。ここに来てやっとお互いに理解し合えそうな気がしてきたぞ、新NOAH君。ところで機銃の発射スイッチはどこにあるんだい?
実際に走ってみて思うのは、車を運転している実感があまりないことだ。ハイブリッド車を選んだので、エンジン音で車の状況を把握できないのもちょっと物足りない。それでいて気を抜くと叱られる。ピーだのピッピッピだのと、いろいろな音がするのでどの音が何を警告しているのかよくわからん。これじゃあまり意味が無いな。おまけにやたらとしゃべるし。ハル9000の自己認識機能を命がけでカット・オフしたボーマン船長の気持ちがよくわかる(※)。結論を言うと、車を自分が走らせたいように走らせるというより、車の要求に従って運転「させられている」という感じだ。うーん、これも時代か。
話は変わるが、昨年12月からどうもクーペ(プジョー406)のミッション(オートマ)の調子がおかしい。ディーラーに相談すると、乗らない方が良い、という。では部品取り車のミッションは使えるかと聞くと、7年放って置いたミッションは信頼性に欠けるとのこと。何十万円も掛けて載せ替えても、すぐに乗れなくなるのでは割に合わない。実は僕にとっては、新車で購入して23年間乗り続けているセダン(こちらもプジョー406)の方が思い入れがあるので、クーペは思い切って処分しようかと考え始めている。そしてその後は406スポーツ(マニュアル)を探そうかな、とも。30年以上オートマに乗ってきたが、このへんでもう一度、車を運転ならぬ「操縦」してみたい、という気持ちが頭をもたげてきたということもあってのことだ。それにマニュアルのミッションなら故障も少ないし、将来アクセルとブレーキを踏み間違えるようなことがあっても致命的な状況にはならない。せいぜいエンスト(死語?)するぐらいだ。そんなことを考えていた矢先だったから、新NOAH君の過剰な貢献(?)ぶりによって、406スポーツへの気持ちがさらに高まったことは言うまでもない。僕の方の車事情も、そろそろ真剣に刷新を考えるときが来ているようだ。
※ 映画「2001年宇宙の旅」で、木星探査船ディスカバリー号のコンピューター、HAL9000が人間に対して反乱を起こしたときに、船長が宇宙船の運航に必要な最小限の機能以外(自己認識回路、言語中枢等)をカット・オフするシーンがある。