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 初めての入院

 昨年の今頃、人生初の入院をした。入院といっても、大腸ポリープの内視鏡切除後の経過観察のためなので、1泊2日の短い期間だ。奮発して個室をお願いした。それでも夕食は食べられないし、点滴は繋がってるしで不自由この上ない。加えてお酒もたばこもダメ、さらに前日ディスクで見た「グリーン・ブック」という映画(良い映画でしたよ!)のフライドチキンを手づかみで食べるシーンが忘れられなくて、余計に辛かった・・・!皆さん、健康って大事です。ただ、入院して良かったな、と思えることもあって、この入院は生涯忘れられないものとなった。

   僕が内視鏡手術を受けたのは2月の中旬。入った個室はある総合病院の6階にあった。地方都市のはずれに位置する病院なので窓の外を遮るものは何もない。窓は北東方向に面していた。14㎞先はもう太平洋である。暗くなると、東の空に満月が登ってきた。雲ひとつ無い夜空に、である。綺麗だったー!そしてその月を見ながら思った。「よし、明日の朝は暁から曙までを堪能しよう!」

 以前から「暁(あかつき)」という言葉の語感が大好きだった。実は子どもの頃はいっぱしの鉄道マニアで、「あかつき」という特急列車のヘッドマークのデザインがとても気に入っていたのだ。子どもながらに「あかつきってどんなだろう」とあこがれのような感情を抱いていた。大人になってからはマニア熱も冷めたが、それでも長距離の移動には可能な限り寝台特急を使った。以前働いていた職場の同僚と四国や九州に行った時も、他の全員が飛行機を使ったのに対し、僕は一人で個室寝台を使った。飛行機に乗ったことも無いではないが、それは海外旅行の時だけで、いまだに国内線には乗ったことがない。それというのも、僕は列車の窓から見える人々の生活を眺めるのが大好きなのだ。特に、明け方に少しずつ動き出す世界。牛乳配達や新聞配達の人たち、体操をしたり掃き掃除をしたりしているご老人。飛行機ではこうはいかない。そもそも、そういう時間に動きたくない人が飛行機を利用するのだろう。

 ここしばらく鉄道を使っての長距離移動は無かったから、今回のこの入院は、旅行ではないけれど、それに近い経験ができそうだと、期待が高まった。天気予報では明日も良い天気だ。よし、明日は早起きするぞ!明るい満月を眺めながら心に決めた。なんでお酒とたばこがないんだろう、なんて思いながら。

 翌日は5時に起きた。窓の外はまだ真っ暗だ。よしよし。一説によると、「あかつき」とは東の空が白んでくる直前の時間帯というから、ちょうど今頃だろうか。カーテンを開け、個室に装備のソファーに陣取って空が明るくなるのを待った。地平線に雲の層があるようだがほとんど快晴。星が綺麗に見える。しばらくすると東の空が明るくなってきて、雲の様子がはっきりわかるようになった。これが「東雲(しののめ)」かな?星がひとつ、またひとつと消えていく。だが西の空にはまだ少し見えている。眼下を見下ろすと地上はまだ暗闇に包まれていて、新聞配達のバイクだろうか、ライトがひとつ、道路とおぼしきあたりを移動していくのが見える。世間も動き出したか。この瞬間が何とも好きだ。やがて東の雲の端が明るく輝き始めた。日の出だ。「天使の階段」が逆さまになって見える。今、何人がこの瞬間を眺めているだろう。ああ、コーヒーが欲しい。

 日が昇ると、いつもの見慣れた世界が眼下に広がっていた。こうなってはただの日常だ。厳しい現実も戻ってきた。昨日術後に渡された注意事項のプリント。「1週間はおかゆを食べてください」とか「消化の良いものだけを食べてください」とか「これとこれは飲食しないでください」とか、その他の禁止事項もたくさん書いてある。これでは折角のフライドチキン計画がおじゃんではないか。主治医が来たので質問してみた。「これは絶対条件なんでしょうか?」すると主治医曰く、「そんなに神経質にならなくても良いですよ。こうすればベストです、ぐらいに思っていただければ。」良かったー。フライドチキン、絶対食うぞ!ただし、よーく噛んで。そういえばひとつびっくりしたことがある。僕は結構なヘビー・スモーカーなのだが、当然院内は禁煙。聞くところによると、無断で点滴スタンドを押しながら向かいのコンビニまで行き、そこの喫煙場所でたばこを吸う強者もいるのだそうだが(この場合、本来なら外出許可がいる)、僕はあえて入院一日目の午後2時頃からたばこを吸わずに過ごしてみた。すると不思議なことに、これが訳もなくできてしまったのである。翌日の朝9時過ぎに点滴が取れたので、看護士の目を盗んで例のコンビニまで行き(外出許可は取っていない)一本吸ったら目眩がした。しかも結構な貧血状態。廊下に倒れてたら恥ずかしいので、しばらく休んでから病室に戻った。実際にたばこを吸わずにいたのは20時間ぐらいだが、こんなに効くとは思わなかった。退院後、カミさんに迎えに来てもらった。待ち合わせは先ほどのコンビニで。コーヒーを飲みながら待っていたのだが、コンビニのコーヒーがこんなにおいしかったなんて!

 家に着いてすぐ、今日の夜明けがいかに美しかったかを家人に話して聞かせた。まるで旅行帰りの父親が土産話をしているようだった。そしてその後すぐ、娘に懸案であったフライドチキンを買いに行かせ(娘たちは「ほんとに大丈夫なの?」と何度も確認していた)、昼食として心置きなくほおばったのであった。

作成者: 835776t4

こんにちは。好事家の中年(?)男性です。「文化人」と言われるようになりたいなあ。

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