カテゴリー
未分類

 食通と食道楽

 「ここのシェフほどの料理人が、鴨肉のロティにオレンジではなく、あえてブルーベリーのソースを添えるというのなら、我々としては黙ってそれを味わうべきだ。」

 これはある書物(※)に登場する、架空のワイン通の言葉だ。スノッブで厭な性格だが豊富な知識と経験を誇り、誰も彼を論破できない、というキャラクター。彼のこの一言で、「鴨にはオレンジソースが常識だろう」と不平たらたらだったワイン仲間が瞬時に押し黙る、という場面だ。この文章を読んで、「食通も大変だなあ」と思った。僕は食べるのも作るのも好きだが食通ではない。いわゆる「食道楽」というやつだ。あの店の味がわからなければ食通とは言えない、なんて縛りはない。どんなに有名な店であろうが、「ここの味付けは甘すぎる」だの、「このカニで金を取るのか」だのと、心の中では言いたい放題である。で、どうせならもっと自分好みのものが食べたい、ということで、「実技」にも手を出す。勿論一流の料理店と同じ食材が手に入るわけもなく、見よう見まねでは店の味にかなうはずもないのだが、そこは食道楽、楽しく料理して美味しいと思えるものができあがればそれでよい。そんなふうだから僕はなんちゃって料理も得意である。「この味は多分こんなふうにして出してるんだろうな」という、かのケンタロウ氏(早く良くなってくださいね)が得意の妄想料理。これがまた楽しい。もう遊びですよ、遊び。例えばうちで鴨をローストした時に添えるのは定番のオレンジソース。材料はフォンドボー(市販のもの)、赤ワイン、蜂蜜、コーンスターチ、鴨の肉汁(余分な油を取り除いたもの)、そしてオレンジの絞り汁。これがなかなかイケるのだが、実を言うとこれは想像で作ったオリジナルで、本当の作り方を僕はいまだに知らない。それでもみんなが美味しいと言ってくれるので、僕としては大満足だ。もう一つ良い例がある。

 スコーンに添えるクリームといえばクロテッドクリームが定番だが、初めてうちでスコーンを焼いた時、僕は自前で、しかもイメージだけでそれを作ってみたことがある。主な材料はサワークリームとバター(有塩)、そして少量の砂糖。勿論、クロテッドクリームとは似ても似つかない味だ。だがなぜかこれが家族にウケた。後に本物のクロテッドクリームを試す機会もあったのだが、「甘すぎる」という理由で余らせてしまった。家族は今もこの「なんちゃってクリーム」の方がお好みのようだ。

 要するに、僕にとっては趣味の料理イコール食道楽、もっと言えば遊びなのである。せっかくだから、ここでとっておきの超Z級オリジナルグルメを紹介する。ただしチーズ嫌いの人はダメ。

 まず味噌汁を作る。ナスか長ネギがいい。どちらの場合も具が軟らかくなるまで煮る。味噌は僕の好みで言うと、ここは麹味噌でいきたい。次にチーズを用意する。普通のプロセスチーズ。あのバターみたいなサイズで売ってってるやつだ。なければベビーチーズか丸いパッケージの「6P」とかでもまあいいでしょう。色気を出してとろけるチーズとかモッツァレラとかを使ってはいけない。チーズは1センチ角ぐらいに刻んでおく。量はまあ適当で。

 味噌汁ができたら、チーズを好きなだけ入れてしばらく置く。すると熱でチーズが柔らかくなってくる。ここでもしとろけるチーズなんて使ったらどうなるかわかるでしょ?チーズはあくまでも食感が残っていなければならない(そんな大した料理か?)。

 チーズが柔らかくなったら熱々のご飯にこれを味噌汁ごとかけて食す。猫舌の人や夏場だったら冷や飯にかけてもよい。この料理(?)を教師時代に中学生に教えたら、親も含めてほぼ100パーセント「おいしい!」という反応だった。苦笑してしまったのは、親に「そんなはしたない食べ方よしなさい」と止められたという生徒が結構いて、なんだかかわいそうになってしまった。汁かけ飯は日本の伝統食だぞ!冷や汁の立場はどうなる!だがそんな親でも多分、深皿に盛りつけて「ナスとチーズの和風リゾット味噌仕立て」とか名前をつけて出したら、何も考えずに普通に食べるんだろうな、なんて思った。ついでに言うと、「冷や汁」のトッピングとしてもチーズはよく合う。この場合、面倒だがより小さく刻んだ方が良い。熱で柔らかくなる過程がないから、大きいとチーズが主張しすぎる。

 ちなみに僕は、ご飯の上にコロッケを載せて味噌汁を注ぎ、崩しながら食べるのも好きだ。コロッケは甘みの少ないポテトとタマネギと挽肉(できれば豚100パーセント)だけのシンプルなものがいい。ここ、結構大事です。

※ 「ワイン通が嫌われる理由(わけ)」 レナード・バーンスタイン著(バーンスタインといっても音楽家とは別人)時事通信社 1996年