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 イラストの中の彼女

 以前にもどこかで書いたように、僕はその昔、大学で美術を学んだ。当時、アニメイラストの世界はまだ確立しておらず、作品自体も大人にとってあまり価値観を感じられるようなものではなかった。しかしその後、アニメと並行してライトノベルが一世を風靡すると、その挿絵にかなり凝った作画が見られるようになった。おそらく「吸血鬼ハンターD(1983)」あたりがその先駆けで、さらに近年、作画にデジタル技術が導入されたこともあって、アニメイラストは次第にカテゴリーを拡大しながらその世界を確立させていった。今では本格的なイラスト画集も数多く出版されている。

 現代のこうしたイラストには「情景イラストレーション」というカテゴリーがあって、これらの作品は完成度が高く、中には一枚の絵画と言ってもいいものまである。あるときふと手に取ったイラスト画集が素晴らしく、即購入してしまった。タイトルは「美しい情景イラストレーション」。現在第4弾まで発売されている。第2弾以降はサブタイトルが付けられ、「ファンタジー編」「ノスタルジー編」「ダークファンタジー編」と続く。結果的に全て購入した。ファンタジー系は作者の思い入れが満載で、正直なところ少々鼻につく感じだったが、1冊目と3冊目は自分が高校生だった頃を思い出させるような情緒豊かな情景で溢れていた。特に印象的だったのは、真夏の陽射しと木漏れ日のコントラストや、夕暮れの入道雲と踏切の組み合わせ。つまり夏の風景だ。また、線路がモチーフとして多く使われていることにも驚かされた。描かれているキャラクターの大半が青年男女(高校生が多い)ということもあって、まだ見ぬ土地へと続く人生の象徴のような線路は、その心情を表現するのにうってつけのモチーフではある。ただ、そういった概念が今も健在であることは意外に思えた。だがよく考えてみると、描かれているのが高校生であれば、鉄道は「通学」という日常的な生活の一部でもある。高校時代、自転車やバスでの通学しか経験の無い僕には思いもよらないことだったが、こうした鉄道のイメージは、日常の風景としても普遍的なのかも知れない。

 ところで、こうした情景イラストにはよく女子高校生(以下今風にjk)が登場する。男子高校生とは比較にならない出現(?)率だ。もちろん現代におけるサブカルチャー等がそれを要求しているということもあるだろうが、女性の目にはどのように映るのだろうか。僕にしても、確かにアニメ好きではあるが、けっしてオタクではない。いわゆる「二次元キャラ」に心を奪われるような趣味は持ち合わせていない。だが誤解を恐れずに言うならば・・・いや、やっぱり誤解されそうだなあ。上手く伝わると良いのだが、僕の場合、美しい「風景」に一人jkが配置されるだけで、あっという間にノスタルジックな「情景」になる。もしかするとそれは、自分が一番輝いていた(自分で言うとこんなに違和感を感じる表現も無いが)頃の記憶というか憧れが擬人化したものかも知れない。人は大人になるにつれ、人間社会の表裏というものを理解できるようになる。しかし、そのことが僕を幸福にしたかというと、必ずしもそうとは言いきれない。できることなら知らずにいたかった事柄も少なくない。だがここに登場するjkは、僕がそれらを知る前の時代に呼び戻してくれる、そんな気がする。つまり、イラストの中にいる彼女の目を通して、彼女と同じ世代の頃の自分を見ているということだ。 

 こうした作品はよく「ノスタルジーイラスト」というカテゴリーに分類される。ここで言う「ノスタルジー」とは、脳内に「エロス」という概念が入り込む以前の、純粋な恋心のことでもあるだろう。だとすれば、こうしたイラストでは露出過多の表現はNGだ。さもなくば、別のけしからん世界に誘(いざな)われてしまいそうだ。あまりにデッサンの狂った稚拙なものもダメだ。美術の専門教育を受けたものには一目でそれがわかるので、「背景は良いのに、人物のデッサンが・・・」などと、これまた別のアカデミックな世界に誘われ、情緒どころではなくなってしまう。プロはそのへんをちゃんとわきまえてくれているようだが、素人さんの投稿イラストにはこういった「困った作品」が多く、ネット検索ではごちゃ混ぜになってヒットするので厄介だ。じっくり鑑賞するには、やはり画集を手に入れることをおすすめする。

 「思い出」がそうであるように、全てが美化された世界。こうしたイラストを見た人は、それぞれの人生に重ね合わせて共感することができるだろう。今となっては現実離れした雰囲気も何となく心地よい。そこにはある種の詩情すら漂っている。よく言われることだが、そもそも絵画の良いところはその表現の自由度の高さにある。写真ではできない(今はいろいろできちゃうけど)ことが絵画ならできる。今回話題にした「情景イラストレーション」は、その自由度の解釈をさらに一歩進めたところにあると言って良いのではなかろうか。

「美しい情景イラストレーション」1~4(パイ インターナショナル)