夏と言えば怪談 2023「ツンデレカイセイの視線」
うちで飼っている猫のなかに、押しかけの「カイセイ」というサビ猫がいる。ある日突然庭の片隅に現れ、散々鳴き散らして家人の気を惹き、その日のうちに我が家の猫になったという顛末は以前にも紹介したと思う。先住猫たちとケンカをすることは無いものの、常にお高くとまって一定の距離を置き、モデルウォークのような足さばきでリビングを闊歩する。そのくせ2階の階段の手すりで居眠りをして、吹き抜けを落下してしてきたりするので(幸いけがをしたことはない。猫ってすげぇ)、今では2階に上がることは禁止されているという間抜けな一面もある。そんなカイセイは、夕食が終わった頃を見計らって、くつろいでいる僕の膝の上に乗ってくる。可愛いと言えば可愛い。それに一応メスだしな(そこにこだわってどうする)。
カイセイはツンデレなので、ひとたび膝に乗るとじっと僕を見つめ、サイレントニャー(※)でもって僕を誘惑してくる。僕も思わず見つめ返してしまうのだが、経験豊かな僕としては、どんなに喉を鳴らされても、僕の腕にそっと手(というか前足)を添えてきても、そんなことでこの僕が堕ちると思ったら大間違いで・・・えっと、何の話だったかな。そうだ、カイセイの視線の話だった。
そんなわけで僕とカイセイはよく見つめ合ったりするのだが、実はこれが恐怖の序章だったりする。たとえば、膝の上のカイセイと「あ、目が合ったな」と思う瞬間があったとする。僕が悪戯心を出して、静かに少しずつ頭を動かすと、カイセイの視線は固定したまま、先ほどまで僕の頭があったあたりを凝視している。お前、一体何を見ているんだ?ある時など、次の瞬間ゆっくりと僕の方に目を向け始めたかと思ったら、視線はそのまま僕の顔があるところを通り過ぎて止まり、左肩越しに僕の背後を凝視していた。「えっ!」と思って後ろを見ても、そこにはカーテンがあるだけで、虫が飛んでいたりした気配もない。カイセイ、やめてくれない?そういうの。
確かに、犬や猫が誰もいない部屋をじっと見つめたり、赤ん坊が誰もいない空間に笑いかけたりする話はよく聞く。だが今回のような場合、あたかも人間には感知できない存在が、僕のすぐ後ろを横切って止まり、そこに佇んでいるみたいではないか。思わず鳥肌が立ちましたよ。
こうしたことは、犬や猫を飼っている人なら多かれ少なかれ経験しているだろう。インコが目に見えない誰かと楽しく会話していた、なんて話はあまり聞かないけど。僕にしても、いつもだったら「(亡くなった親族の)誰かが来てるみたいだな」なんて軽口を叩くのだが、この時はなぜかそんな余裕もなかった。何かが来ているとすれば、今回のそれは自分にとって縁もゆかりもない存在だと感じたからだ。そんな感覚を気安く受け入れられるわけないじゃないですか。
幸いその後、我が家に何か不都合なことが頻発した、などということも無く、気のせいということでこの件は終わっている。だが、動物には、人間が文明と引き換えに失ってしまった第六感的な能力が備わっているというのは間違いなさそうだ。それを認めたところで、何の安心材料にもなりはしないのだけれど。
※ 声は出さないが、口の動きはニャーと言っている鳴き方。人間の耳には聞こえない周波数の音が出ているという説も。気を許した相手に対して行うらしい。