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 ネットロアって何?

 例によって今年の夏も大した心霊番組はなかった。仕方がないからネットで怖そうな話を検索する。僕がよく覗くのは「死ぬほど洒落にならない怖い話」だ。「洒落恐(しゃれこわ)」という言い方で通っている。なかでも僕が好むのが地方に纏わる話だ。これがいわゆるネットロア(インターネット・フォークロア、ネット上の民間伝承。都市伝説もこれに含まれる)と言われるもので、その多くはネット上で生み出された創作だ。

 この記事を書くきっかけとなったのは、NHKのマニアックな番組、「ダークサイド・ミステリー」。そのネット怪談を特集した回で、ネットロア発生の過程を説明する大学教授が発した「ネット怪談は民俗学を装いたがる」という言葉だった。

 現代の若者の間でも「地方に纏わる怖い話」は人気が高いらしいが、確かにこうした怪異譚にはいわゆる都市怪談とはひと味違う民俗学的な魅力がある。ロケーションから言っても、田舎といえば、古い大きな旧家には必ずと言って良いほど普段使わない奥座敷や昼なお暗い納戸(なんど=収納スペース)があるし、時間を遡ると風呂場や厠(かわや=トイレ)が母屋とは別棟にあったりする。つまり、日常生活の中に子供が恐怖を覚えそうな場所や状況が当たり前のように存在しているわけだ。さらに地方の共同体には昔からのしきたりや行事・祭りがあり、中には謂(いわ)れが忘れられてしまったような得体の知れないものもある。怪異譚が生まれる条件は十分満たされていると言えるだろう。

 ホラー作家であり、岡山県出身である岩井志麻子氏のある対談(双葉文庫刊「ホラージャパネスク読本」に収録)では、「ナメラスジ」という言葉が頻繁に出てくる。これは岡山県のある地方で言う「『魔』の通り道」のことで、その地方ではごく普通に日常会話の中で使われている。例えば「あの場所はナメラスジにあたるから、コンビニができてもすぐ潰れる」といった具合だ。これは民間伝承イコール日常となっている良い例だろう。こういった例は地方ではよく見られるもので、都会の住人を戸惑わせる一要素となっている。

 参考までに紹介するが、岡山県では1938年に、横溝正史氏の代表作の一つである「八つ墓村」のもとになった「津山三十人殺し」と言われる大量殺人事件があって、その犯人である都井睦雄(事件直後に自殺)の家はナメラスジにあたっていた、という話がある。映画化された「八つ墓村」の冒頭、鬼のような形相の男が懐中電灯を角のようにはやし、日本刀と猟銃で武装して疾走するシーンがあるが、あれは誇張でも演出でもなくて、都井睦雄は現実にあのような格好で集落内を疾走し、2時間ほどの間に30人を殺害した。まさにナメラスジを走り抜ける「魔」。現場は山間の集落で、夜這いの風習が残っていたという。当時は今以上に地方と都市部との文化的な差異が大きかったに違いない。だが男尊女卑の風習が廃れた現代においても、女人禁制のしきたりを固持している聖域が、地方には今だに存在している。現代文明の影響力が及ばない、こうした「場所」の持つ都会人の理解を超えた異世界感も、「民俗学を装うネットロア」の魅力の一つと言えるだろう。(つづく)