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 夏と言えば…心霊は真夜中が好き?

 一昔前までは、夏といえば怪しい心霊ドキュメンタリー(と言うより、あれはバラエティーだな)が目白押しだったんだけれど、ヤラセや仕込みがバレたとかで、ここ数年は各局が自粛モード。脳内に今も中学生が住んでいる僕にとっては心寂しい限りだ。不思議なことに、今ではNHKがこの分野を牽引していたりするのだが、さすがはNHKというか、謎解きめいた内容でちっともロマンを感じない。唯一これは、と思った「業界怪談」という番組も、今年はすっかり鳴りを潜めているしなあ。

 そんなわけで、仕方なくYoutubeの心霊チャンネルを覗いたりするのだが、これがまた夜中に心霊スポットを訪れてリポートするだけで、どうも釈然としない。前にもどこかで書いたが、「音がした!」「声が聞こえた!」なんていう現象だけなら現場で何とでもなるし、たまたま撮れたという画像も説得力のあるものはほとんど無い。それに見ていていつも思うんだけど、なんで真夜中限定?確かにまともな人間は歩いていないだろうし、静かだからかすかな音声でも記録できるだろう。そんな業務上の利点以外に、「丑三つ時が一番出やすい」という話もあるけど、これって本当なのか?だって人を目指す幽霊ならいざ知らず、場所に出る幽霊はこんな時間に化けて出ても、見てくれる人なんかいないじゃんか。

 僕が好きな実話怪談でこういうのがある。ある日踏み切り待ちをしていると、線路の反対側にも女の子が一人、踏切が開くのを待っている。よく見るとなんだか向こう側が透けて見えるような…。えっ、これってもしかして…。やがて踏切が開き、恐る恐る歩き始める。そしてその女の子とまさにすれ違おうとした時、その子が自分を見上げて言う。「なんでわかったの?」思わず振り返ってみたが、女の子はもうどこにもいなかった…。これは真昼間の出来事だ。こういう話を聞くと、もしかすると普段何気なくすれ違っている見知らぬ人々の中にも、そういった存在が紛れ込んでいる可能性はあるよな、なんて思ってしまう。

 仮に心霊現象が実際にあるとして、僕がその立場になったら好き好んで廃ホテルや人里離れたダムなんかに、しかも真夜中に佇んだりはしないだろうなあ。だって怖いもん。心霊番組ではこういう場所は霊が集まりやすいとか言うけれど、本人たちに確認でもしたのだろうか?僕なら我が家や生前慣れ親しんだ場所をフラフラして、家族や知人を見守るに違いない。できれば気持ちよく晴れた空の下がいい。多分あなただってそうするだろう。もちろん地縛霊というものもあるが、それは現世で生きている我々が考え出した出現の形態であって、「そうなんです、僕、ここを離れられないんですよ」と霊が自己申告した、なんて話はあまり聞かないなあ。

 これもよく言われることだが、突然の事故で命を奪われた場合、自分が死んだことに気づかない霊がその現場に佇んでいるという説。これだって、もとは人間なんだから、1~2週間もすれば大概気づきそうなもんだ。だが海外に目を向けると、「幽霊は実態としての脳を持たないために、記憶力が極めて乏しい」などと豪語するホラー小説もあって、油断も隙もありゃしない(※)。

 Youtubeには悪戯に恐怖をあおるような動画も多いが、そもそも必要以上に恐ろしい姿で出現する意味が僕にはどうしてもわからない。死因が凄惨な事故であったとか、心を病んで瘦せ衰えていたとかいうのならまだわかるが、果たしてどれほどの人間がそんな状況に陥るだろうか。一方で、死んだはずの祖父が庭先から穏やかな優しい表情でこちらを見ていた、なんていう話もある。要するに死者の魂をこの世に繋ぎ止める要因は、恨みつらみばかりではないということだ。本来であればどちらの場合も、出現したのが誰の霊なのかわからなければ、出現する意味がない。ただし踏切の女の子のように、偶然第三者が目撃する例もないではない。その場合は後日譚として幽霊の出自が明らかになることが多い。前出の「業界怪談」という番組は、体験者への(真面目な)インタビューも交えながら、こうした死者と生者のかかわりを巧みに描いていた。NHK、早く新シーズンを制作してくれないかな。

※「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ著 現在は絶版のようだが古書はそれなりに出回っている。  

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 夏といえば怪談 2023 「あるライフプラン・コンサルタントの場合」

 今回のタイトルになっている「ライフプラン・コンサルタント」とは、うちに来ている例の保険屋さんのことだ。そうです、あの熊の肉をくれたり、黒いボルボに乗っていたりする、あの保険屋さんです。何で言い方を変えたかって?だって、カタカナの方がかっこいいじゃないですか。

 実は前回紹介した、息子さんが変なものを見るという話も、この保険屋さんの話なんですね。ただし、彼女自身は「見える人」ではなくて、亡くなったご主人が「見える人」だったらしい。だからその血を継いだ息子さんも「見える人」。仮に見えなくても、何かあると右腕が痛くなるとか。

 話題が話題なので、なんとなくぼやかして書いていたんだけど、本人曰く、「いいですよ、普通に書いちゃっても」ということなので少し書きやすくなった・・・のかな?そんなわけで、今後は単に「Kさん」と表記することにします。何しろ家族ぐるみでいろいろな経験をしている人なので、話題には事欠かない。そこで、今日はKさんのおばあさんのエピソードを一つ紹介したい。

 今回Kさんに来てもらったのは、次女のために条件のいい保険を紹介してもらおうと思ってのことだ。前回その話をして、今回は書類を作る段取りだ。Kさんはこう切り出した。「実は前回説明した内容に訂正があるんです。」前回の内容?それは僕の入っている保険のことかな。それとも娘が入る新規のほうのことか?「あれ、寺でも神社でもありませんでした。」「は?」「昔祖母が取り憑かれたときにお世話になったのって、近所の拝(おが)みやさんでした。」そっちの話かよ!ホントにこの人は、うちに何しに来てるんだか。そういえばKさんのおばあさんって、墓場から他の家の霊を連れて帰ったことがある、なんて言ってたっけな。

 そもそもこのおばあさんが、その昔、例の出先で亡くなったおじいさんの霊を慰めた人で、ある知人に言わせると、「優しいから霊が憑きやすい」特性を持っているという。この知人というのが、そういった事柄を生業とする盲目の老婆だったそうで、当時、Kさんの家では何か異変が起こるたびに、この人に相談していたらしい。Kさんのおばあさんがまだ若い頃、この老婆に「あなたは優しいから、墓参りのときに隣の墓の人(というか霊)がついてきている。戻してあげた方がいい」と言われて、祓ってもらったことがあるんだそうだ。

 ところで、Kさんが住んでいるのが割と近場だったということはもう話しただろうか?直線距離なら1キロと離れていない場所に、Kさんの実家があるのだ。だから話に出てくる場所も僕の家から近いエリア内がほとんどだ。例えば例の盲目の老婆が住んでいた場所は、聞いてみればうちの近所だったりする。散歩がてらに歩いて往復できる距離だ。おお恐。ただし、そういった人物が住んでいたという話に聞き覚えはない。僕が今の場所に住み始めたのは25年ほど前だから、おばあさんのエピソードはそれより大分前のことだろう。

 Kさんの家では、2階の向かって右側の部屋でいろいろと起こる、という話も聞いた。Kさんの家は僕がよく買い物に行くスーパーまでの道のりの途中にある。その道から右にそれて3軒目、周囲には畑が多いので車からもよく見える。この話を聞いた後、家の前を通るたびに2階の右側の部屋に目が行くようになってしまった。普段はあまり使われていないらしいが、窓に誰か(というか何か)いたらどうしよう、なんて思う。だったら見なきゃいいのに、ねえ。 (つづく)

付記 そういえば、息子さんに見えていた人物は、あれ以来見える頻度がだんだん少なくなってきているそうだ。おかげであまり気にならなくなった、とのことだ。

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 夏といえば怪談 2023 「見える人」

 少し前に、ある知人から聞いた話。今年中学生になった息子さんが、突然「脳外科か眼科に連れて行って欲しい」と言いだしたんだそうだ。息子さんは小さいころから影のようなものをよく見るそうで、最近それが人間であるとわかるほどはっきりしてきたとのこと。毎日のようにその人物が視界の片隅に現れて、何をするにも気が散って仕方がない、という。勿論、現実にそこに人が居るわけではない。ということは、つまりアレか?

 僕は言った。「それって、いきなり病院でいいのかなあ。どこか、そういう相談を受ける寺なり神社なりを探した方が良くない?」「それなら知ってるところがあります。前に祖父が・・・」「あるのかよ!」「ええ。前に祖父が遠方で亡くなったときに家族がみんな熱を出して、そのときに相談した神社があるので、そこなら相談できるかも。まあ、発熱は祖母が出向いて供養したのを境におさまったんですけどね。」血筋じゃないか。こりゃあ本物かも。「だったらまずその神社に相談してみた方がいいよ。いきなり病院だと、ろくに話も聞かずに別の科に回されるかもしれない。精神科とか。カルテだって残るだろうし。」「そうですよね。ちょっと考えてみます。」

 僕は「見えない人」だし、心霊現象について確信があるわけじゃない。もしかしたらあるのかも、といった程度のスタンスだ。だが見える人や感じる人にとって、それは日常だろうから、「そんなこと、有るわけ無いじゃないか」とは言わない。そもそも、100パーセント否定できる根拠もない。何しろ今までにも書いてきたように、あれはいったい何だったのだろうか?という経験は、僕も複数回ある。

 自分の体験のみならず、僕の周りには不思議な体験をした人が少なくない。僕が面白がるからか、そうした体験談は自然と僕のもとに集まってくる。勿論その中には気の迷いや思い込みであると判断できるものも多い。僕のように遠近両用メガネを掛けていると、視界の片隅で影が不自然に動くことなどしょっちゅうだ。だがどうしてもそういった説明では納得できないものもある。今回の息子さんのように、それが人の形をしているというのであれば、おそらくそれは、いわゆる「怪異」なのだろう。古来、こうした話題は人の心を魅了し続けてきた。ある意味僕も、その虜になっている一人であることは否定できない。

 これも以前に書いた気がするが、僕はUFOなら見たことがある。ただしそれは単に「あれ、あそこを飛んでいるあれは何だろう?」といった程度の、文字通り未確認の飛行物体を見ただけであって、窓があったとか、それが着陸して小さな灰色の、目がでかい宇宙人が降りてきたとかではない。だがそれらはジグザグに、鋭角的に飛ぶオレンジ色の光であったり、何度も同じ場所に出現を繰り返すまばゆいばかりの光点であったりする。説明がつかない、という意味では同格だが、心霊となると自分の目で見たことが無いからなあ。実際に見れば信じるだろうけど、できれば見たくない。それが本音だ。だから「見える人」の境遇が理解できると言ったら、それは嘘になる。でも、センス・オブ・ワンダーの塊である僕としては、全面的に否定することはしたくない。いや、むしろあったらいいな、と思う。そんなわけで、今度知人に会う機会があったら、その後どうなったかを詳しく聞いてみたい。

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 夏といえば怪談 2022 こっくりさん

 これは昔兄から聞いた話だ。あまりにも古い話なのですっかり忘れていたが、久々にうちに戻っていた上の娘と話をしていて思い出した。他愛もない話なのだが、上の娘はこの話を初めて聞いた時、えらく怖い思いをしたんだそうだ。

 兄がまだ大学生だった頃、合宿と称して、サークルの友人たちと群馬県に遊びに行ったことがあった。宿は貸別荘で、夜になると従業員は管理棟に数人いるだけ。酒も入って、好き勝手に騒いでいたのだが、夜も更けた頃、ある友人が「こっくりさん」をやろうと言いだした。当時、こっくりさんは全国的に流行っていて、女子高校生が教室で「こっくりさん」に興じ、自己暗示にかかってパニックになった、などという事件が新聞に載ったこともあった。そんな時代のことだから、「こっくりさん」を呼び出す盤面なんて、誰でもその場で作ることができた。早速準備を整え、誰が彼を好き、などと他愛もないことを質問しながら時間が過ぎていった。質問を考えるのにも飽きてきた頃、友人の一人が面白い質問を思いついた。それは「あなたは今、どこにいますか?」という、こっくりさん自身に関する質問だった。本人のことを聞いても答えるのかな、などと疑問を投げかける者もいたが、とりあえずやってみよう、ということになった。

 「こっくりさん、こっくりさん。あなたは今、どこにいるのですか?」しばらくは何の動きもなかったが、やがて指を置いた10円玉が少しずつ動き出し、ある文字の上で止まった。「へ」。10円玉はゆっくり動き続け、次に「や」で止まった。しばらく待ってみたが、もう動く気配はない。「へや?」「我々が呼び出したんだから、この部屋に来てるってことだよ。」と誰かが言った。それを聞いてみんなが頷く。ところが、よせば良いのにまた質問した者がいたのだ。「部屋のどこにいますか?」すると10円玉は再びゆっくりと動き出し、三つの文字を指し示した。まずはじめに「す」。次に「き」。そして最後に「ま」。皆は顔を見合わせた。「すきま?」

 隙間はどこにでもある。クローゼットの扉の隙間、畳の隙間、となりの部屋とを隔てる扉の隙間・・・。皆がそれぞれに部屋の中を見回した。すきま。何となく気持ちが悪い。皆さんも経験がおありだろう。疲れ果ててベッドに入ったが、ふと気付いてしまう。クローゼットの扉が少し開いている。カーテンが少し開いている。あるいは寝室のドアが少し開いている。そんな些細なことがなぜか気になる。仕方なく起き出して、きちんと閉める・・・そんな経験が。この、ちょっとした隙間が、なぜか人を不安にする。

 「・・・お帰りいただこうか。」と誰かが言い出し、皆も同意したので、「こっくりさん」にお帰りいただく手順をいつもより丁寧に、ぬかりなく行った。特に何があったわけでもないのに、全員口数が少なくなっていたという。兄の脳裏には、「本当に何かが来ていたのだろうか」「ちゃんと帰ってもらえたのだろうか」などという考えが浮かび、その夜はなかなか寝付けなかったらしい。

 もともと兄は、心霊とか呪いとかを信じるタイプではない。その兄が「あれは何とも薄気味悪かった」というのだから、その場の雰囲気はただ事ではなかったのだろう。そもそも、心霊現象の類いは100%あり得ない、と言いきれる人はいないのではなかろうか。例え口ではそう言っても、そこは人間だから、心の中では(でも、もしかしたら・・・)と考えている人も多いのではないか。そんな「意識の隙間」にも、恐怖心は静かに入り込んでくるものなのかも知れない。かくいう僕自身、心霊現象には否定的だが、不可解な体験の一つや二つはある。僕の場合、そういうことに遭遇した時には判断を保留することにしている。要するに、深く考えないということだ。

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 男の子はUFOが好き

 最近同好の士が増えた。その人物(Yさん)は、ある大規模酒店の店長で、僕がワインの勉強をしていた頃からお世話になっている。それが最近、酒類とまったく関係のない話で盛り上がることが増えてきた。その話題とは、近頃流行りの「旧車」。長年話をしているうちに、彼が車好きである事がわかってきたのだ。ちなみに「旧車」とは、いわゆる絶版車(主に昭和の国産車)のことだ。最近そういった車に乗ることが流行っている。そう言えば僕が初めてプジョーの406(クーペのほう)で買い物に行った時、わざわざ駐車場まで出てきてしげしげと眺めていたっけ。なんでも息子さんも旧車好きで、購入に当たってあちこち探してはみるものの、なかなか状態の良いモノが見つからず、あってもえらく高額だったりするという。まあそのへんの状況は僕も知らないわけではない。が、こんな近場(お店までは車で1分)に車の話で盛り上がれる人物がいたとは・・・。以来、録画しておいたTV番組「昭和の車といつまでも(30年以上同じ車に乗っている人を車ごとレポート。放送終了)」であるとか、「さがせ!幻の絶版車(希少な走行可能の絶版車を探してレポート。NHK)」であるとかのディスクを貸し出したりしている。何しろ今時の酒店であるから閉店時間も遅く、TVを見る暇も無いようで、どちらの番組も存在すら知らなかったから。

 そんなこんなで、ちょっとそこまでビールを買いに行ったのに、話し込んで1時間も帰ってこない父を心配する娘、という構図が生まれるのであった。YさんはYさんで息子と一緒に、貸したディスクをやたら一時停止しつつ、「あー!」とか「おー!」とか言いながら鑑賞したとのこと。ところが最近、話題の流れがまた少し変わってきた。きっかけはNHKの番組「さがせ!幻の絶版車」に言及したこと。僕が「この番組に限らず、最近のNHKって、マニアックな番組が多いんだよな。ここ10年ぐらいは心霊とかUFO関係にも手を出しててさ・・・」なんてことを言ったら、Yさん、さっそく食いついてきた。「あー、矢追純一(※1)とかいましたよね。よく見てたなあ。」「宜保愛子(※2)とかね。そしたらさあ、『幻解!ダークサイドミステリー(※3)』とか知らないかい?」「何ですか、それ。」「あのNHKが、UFOやら心霊やらを取り上げて分析する番組を放送してるんだよ。」すると、「NHKって、そんな番組やってたんだ。知らなかったなあ。」と言うので、「興味あるんならディスクあるよ。持ってこようか?」「あー、興味ありますねえ。いいんですか?」

 何しろ家まで車で1分、買ったビールを冷蔵庫にぶち込んで、その足でとって返してディスクを届けた。Yさん、「やべえ、今夜寝られるかな」だってさ。お互い、幾つになっても「男の子」ですなあ。

※1 往年のUFO研究家・ディレクター。謎の空軍基地「エリア51」を日本に紹介した。

※2 有名な霊能者。TV出演・著作多数。2003年没。

※3 以前にも紹介したことがある、NHKの番組。もともとは「幻解!超常ファイル」のタイトルで2013年から不定期に放送。超常現象、UFO、怪事件、都市伝説などを分析し、時に怪奇現象や心霊動画のネタあかしなどもする。2014年には毎週放送されるようになり、以来、終了しては再構成して新たに放送、さらに番組内容をあらためてまた放送(ダークサイドミステリー)。この4月からは最新版(BSP、木21:00)、さらに既存の番組のダイジェスト版「ダークサイドミステリーE+(Eテレ、火22:45)」の二本立てで新たに放送が開始された。NHK、いったいどうしちゃったんだろうか?

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 夏と言えば怪談(その1)

 教員をしてた頃、学校出入りの旅行業者に聞いてみた。「あのさあ、仕事柄答えにくいかもしれないけど、ここだけの話、出る宿って本当にあるのかい?」僕としてはかなり気を使ったつもりだった。だって旅行代理店が特定のホテル等の営業の妨げになる話をするのはまずいだろうと思ったから。しかし彼はにっこり笑うと、こちらの気遣いも顧みず、めいっぱい明るい声で「ああ、ありますよ!」                      まるで「ご希望のホテルには、まだ空きがありますよ!」みたいな感じだった。どういう感覚してんだ、この人。

 彼が言うには、大きな温泉地などには必ず1軒や2軒はそういう類いの宿泊施設があるという。「そんなの当たり前じゃないですか」といった体(てい)だ。さらにこう付け加えた。「霊感の強いスタッフが添乗員としてそういう宿に入ると大変なんです。大騒ぎされて、こっちも眠れませんからねえ。」ホントかよ。そして彼は興味深い話を聞かせてくれた。「ヤバイ部屋の見分け方があるんですよ。部屋番号を見るとだいたいわかるんです。」彼の話はこうだ。

 通常部屋番号はきちんと並んでつけられているが、宿によっては「4(し=死)」を嫌ってとばすことがある。例えば 302-303-305 といった具合で、これは良くある事だ。ところが希に、もっと不自然なならびの部屋番号があるというのだ。 305-306-リネン室-308。「リネン室」は「プライベート」の場合もある。普通なら 306-リネン室-307-308 と続くはずだが、この場合はもともとあったはずの「307号室」が何らかの理由で「リネン室」等に変更されたことになる。しかもほとんどの場合、そこはリネン室などではなく、室内は通常の客室のままであるという。つまり、「リネン室」の表記は何らかの理由で一般客に提供できなくなった客室のカモフラージュ、というわけだ。ここまで来れば、もうおわかりですね。

 彼が言うには、「一番困るのは修学旅行などの大所帯の添乗の場合、部屋が足りなくて添乗員がそういった部屋をあてがわれることがあるんです。僕なんかはあっても金縛り程度なんですが、霊感の強い女性スタッフなんかはもうパニックですね。次の日は仕事にならないこともあります」とのことだ。「こういう『リネン室』の両隣や向かいの部屋は、できることなら避けた方が良いです。」だから業者顔で普通に言うなってば。

 他にも、飾りロープでうやうやしく人止めのしてある階段などは近づかない方が無難だそうだ。そう言えば、僕も一度だけそういう階段を見たことがある。立派な作りの階段なのに人止めがしてあって、照明まで落としてある。不思議に思ったので良く覚えている。当時はどこか壊れかけているのかなと思ったのだが、あるいはそういうことだったのかもしれない。

 彼は仕事のできる男だし、顧客からもかなり信頼されている。そんな彼が、いつもの打合せと変わらない笑顔で、口調で、こんな話をするのだ。しかもリアルだ。なんだか聞くんじゃなかったな、という感じ。だけど、実を言うとある修学旅行の引率で、僕も不思議な体験をしたことがある。(つづく)