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 プジョー505という車

 僕はプジョー乗りである。初めて乗ったのは80年代の505GTIだった。406のページでも書いているが、ピニンファリーナによる流麗なデザインが第一の動機だった。504から受け継いだ吊り目の異形ヘッドライトにも魅力を感じていた。つまり、形で選んだのだ。

 資金難ではあったが、無理を承知で中古車を購入し、実際に乗ってみて驚いた。何この車。まず足回りが良い。まあプジョーのことだからこれは当然と言えば当然か。次にハンドリング。遊びがほとんどない。にもかかわらずスムーズに操舵する。絶妙なフィーリングだ。形から入ったので乗るまで知らなかったことが山ほどあった。調べていくうちに色色なことがわかってきて、惚れ直してしまった。特にタコ足の配管(マフラー)やノンスリップデフなど、説明書には何の記述もなく、ディーラーも知らなかったぐらいだ。

 当時、車の評価に関しては辛口の部類(と思われる)のCGにも記事が載っていて、その中に次のようなことが書いてあった。

 「レストランでオリーブの実が皿にのって出てきた。何の変哲もないオリーブの実である。しかし、食べてみてその真価がわかった。」

  そしてその後に、そのオリーブの実がどれほど手間を掛けて調理されたものかが説明されている。505はそんな車だ、というのである。そういえば僕の乗っていた505もオリーブグリーンのメタリックだった。関係ないか。

 こんな記事も読んだ。「もう少しで家に着くというときに、もう一回り走ってこようかな、と、そんな気分にさせてくれる。」つまり運転していることが心地よい、というのである。これは僕自身、何度も経験した。そして極めつけは、あるワインに関する本に書かれていた一文。ちなみに本の題名は「ワイン通が嫌われるわけ」。

 これは面白い本で、架空のワインスノッブたちが蘊蓄(うんちく)を語り合うなかで、ワインの知識が読者に紹介されていくという凝ったスタイルなのだが、このスノッブたちがフレンチレストランに集まり、「もっとも味のある車は何か?」というテーマで議論するくだりがある。ベンツだ、いやジャガーだろう、サーブも捨てたもんじゃない、などと話が尽きない。そしでこう書かれている。「ようやく話がプジョーの505だろう、というところに落ち着いた。」 ほーう!ここに出してくるわけね。

 これだけワインスノッブを集めて会話させているのだから、そこに505を出してくるからには、筆者はよほどのこだわりがあったに違いない。しかし、残念なことにこの本の主役はワイン。従って、それ以上505に関する記述はない。だが何か嬉しい気がする。もっとも、この話にはオチがある。この場面の最後に、一番のスノッブ、嫌われ者だが誰もこの男を論破できないので一目置かれている、という人物が遅れて店にやってくる。メンバーの一人がすかさず彼に聞く。「ところで、君はいったいどんな車に乗っているんだい?聞かせてくれないか?」すると、彼が答えて曰く「うん?ロールス・ロイスさ」

 ちなみに505GTIを12年乗ったあと、406を20年乗り続けている僕は、今でも505について調べることがある。あるとき、ネットでこんな書き込みを見つけた。彼は酔った勢いで,ネットオークションに出ていた505を落札したのだが、僕と同じように乗ってみて惚れ込んでしまったらしい。特に彼が納車後友人を乗せて帰宅する時に、「おい、おまえちょっと運転してみてくれ。」「なんで」「いや、この車なんかすごいんだ。」みたいな会話があって、これが僕にはすごくよくわかるのだ。

 505に惚れ込んだ彼は、この後しばらくこの車に乗り続けるのだが、次第にあちこち不具合が出てきて手放すことになったらしい。(ちなみに僕の505は205オーナーの友人が怒りだすほどノントラブルだった。)505と別れるときに「ごめんね、505」と書き込まれていて、この気持ちもすごくよくわかった。実は、2016年に406クーペを購入するまで505はうちにあったのだ。つまり、406セダンに乗っている20年間のうち、18年間は505を維持していたわけだ。ナンバーはすでになかったが、エンジンは動かし続けていた。今でも4カ国語の取扱説明書だけは大事に所有している。ちなみにストリートビューでは駐車スペースに今も505が映っている。 さすがに3台を維持するのは無理だし、第一もう部品もないということで、結構悩んだ末のことだった。今でも機会があったら、もう一度所有したいと思う。特にネットで綺麗な車体を見つけたりすると「おー!」とか思う。そして「SOLD OUT」の記事を見て「くそっ!」とか思うのだ。僕が乗っていたのは505GTIの前期型だ。時代に合わせて変な装飾を付け加えた後期型より遥かにエレガントな車体(室内も)だった。もうあの感覚は二度と味わえないのだろうか。ちなみに、505はプジョー最後のFR車であった。

 505 GTI 1984年式 2.2Lモスグリーン・メタリック 2012年の写真。タイヤの空気が抜けてしまっている。この車にタコ足とノンスリップ・デフだなんて、信じられます?