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 続「ロッホ・ローモンド」

 さて、「ロッホ・ローモンド」。この勇壮かつ哀愁漂うスコットランド民謡は歌詞が複数ある。その辺りの事情は識者の方がブログで詳しく説明されているようなので、ここでは日本の歌曲「五番街のマリーへ」の原型ではないかと言われている、ということだけを紹介しておく。

 前回書いたように、イギリスは四つの国からなる連合王国だが、それが成立するまでには多くの争いがあった。1600年代末~1700年代のジャコバイトの反乱もその一つで、調べてみると近隣諸国を巻き込む複雑な構図が見えてくる。そのすべてをここには書けないが、簡単に言うと、当時のイングランド王室に反感を持つ「ジャコバイト」と呼ばれる勢力が政変をもくろみ、最大の支持基盤だったスコットランドの人々を中心に、数回にわたって反乱を起こすも大敗。1746年のカロデン・ムア(ムア=湿原)における最後の戦いでは、イギリス政府軍の司令官カンバーランド公によって、ジャコバイトの捕虜や傷ついて動けない兵士たちが、戦闘終了後に皆殺しにされるという事件が起こった。このカロデン・ムアでの虐殺事件は、今もスコットランド人の心に暗い影を落としているという。なぜこんなことを書いたかというと、「ロッホ・ローモンド」の歌詞に、ジャコバイトの反乱で政府軍に捕らえられた二人のスコットランド兵が描かれているからだ。

 歌詞の中に「君は高みの道を行け 僕は下る道を行く 目指すは同じスコットランド いつかまた語り合おう 懐かしのローモンド湖」というくだりがある。これは「釈放された君は生者が通る上の道を、処刑される僕は死者の魂が通る下の道を通ってスコットランドに帰る」という意味で、「遠隔地で亡くなったスコットランド人は、故郷に帰るために魂の通る近道を見出すことができる」というケルトの言い伝えに基づいている。

 こうした歴史があることで、スコットランド人とイングランド人は今でも互いに敵愾心を持っていて、そのことを如実に表すこんなジョークがある。

 スコットランド人とイングランド人が辞書の編纂をしていた。オートミールの原料である「オート麦」の項目で、イングランド人が皮肉たっぷりに「麦の一種。スコットランドでは人が食べるが、イングランドでは馬の餌にする。」と書き込んだ。するとスコットランド人は涼しい顔でこう書き加えた。「ゆえにイングランドでは馬が優秀で、スコットランドでは人が優秀である。」

 確かにオートミールはお世辞にもおいしいとは言えないが、ロンドンの名物料理だった「ウナギのゼリー寄せ」の悪評を考えれば、イングランド人だって相当な味覚音痴だろう。それこそ、「どの口が言ってんの?」という感じで…おっといけない、これでは前回の二の舞だ。

 そんなわけで、スコットランド民謡のなかにはその土地の血塗られた悲しい歴史を歌ったものがいくつかある。それらはスコットランドの伝統と誇りを今に伝えていて、政治の世界では今も「独立推進派」が存在する。2014年には独立するか否かを問う住民投票が行われ、僅差で反対派が勝利したことは記憶に新しいところだ。でもそう考えてみると、日本人はなんておおらかなんだろう。例えば「平将門の乱」にしても、祟りばかりが有名で、関東人があの一件を今も根に持ち、京都人に敵愾心を抱いている、などという話はあまり聞かない。食い物が美味いせいかな。

おまけ 前回画像を出し惜しみした「スター・ゲイジー・パイ」。訳して「星を見上げるパイ」のイラストを公開。

「いや、これはちょっと…」という感じ。どうです、なんだか切ないでしょう?

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 「五番街のマリーへ」

 この前「昔はみんな旅に出た その3」で言及した曲なんだけど、原稿を起こすにあたって、あらためて聞いてみた。やっぱり、良い歌だなあ。良い時代の、良い歌。だけどこの曲には謎も多い。その一つが「五番街とはどこにあるのか」。同じ疑問を持つ人は多いらしく、ネットでも質問やらアンサーやらが相当数ヒットする。だが、五番街=京都の映画館の旧称、横浜にあった娯楽街、佐世保の大規模商業施設・・・。どれをとっても「昔からの人が住んでいる」ような環境じゃない。だいいち、商業施設に定住って、それはむしろホームレスであろう。

 そんなわけで、あれは作詞者阿久悠氏の心の中にだけ存在する、架空の街としておいた方が無難な気がする。例えばその街はマンハッタンの下町のような風情で、ハイソサエティとは縁遠く、小汚いが、かといってスラム街というほどでもない。地に根を生やしたような住人(マリーも含め、なぜか日本人)が多く、年寄りは昼間から酒を飲み、遠い昔の自慢話に花を咲かせている。けっして裕福ではないけれど、皆、心優しい人ばかり。そんなふうに、僕は想像している。

 この曲がヒットした1970年代は日本の経済成長が一段落して、人心にゆとりができはじめた時代。国際的にも一流国の仲間入りを果たし、洋楽や洋画が盛んに輸入されていた、そんな時代だ。「五番街のマリーへ」はペドロ&カプリシャスというグループの曲で、彼等が先立ってヒットさせた「ジョニーへの伝言」のアンサーソングとも言われている。この2曲はどちらもアイドル歌謡やフォークソングとは一線を画していて、洋風の大人びた曲調を持ち、アダルト層にも受け入れられてロングヒットとなった。ちなみにペドロ&カプリシャスのリーダーはペドロ梅村。この時期にはこうした和洋折衷のネーミングの実力派アーティストが少なからず存在していて、僕のお気に入りの柳ジョージ(本名 柳譲治)もその一人だった。余計な話だが、彼が年老いた在日アメリカ人女性の思い出を歌った「青い目のステラ 1962年夏・・・」という曲は、カラオケでは僕の十八番(おはこ)だ。こちらは「五番街のマリーへ」とは違い、どうも実話らしい。心にしみる歌だから、一度聞いてみて。

 話は戻って、「五番街のマリーへ」なのだが、歌詞の中で好きなのが、昔に言及する部分。古い街で昔からの人が住んでいる、とか、マリーという娘と遠い昔に暮らしていた、とか。特に良いのは、ここに住んでいた頃、マリーは長い髪をしてたんだよ、というくだり。今はどうかわからない、それほど時が経ってしまった、と。すごくわかるんだけど、この感情は説明できないよなあ。そして最後は、五番街は自分にとって近くて遠い街、察してくれよ、と終わる。人は歳をとることでしか理解できないことも多い。そしてほとんどの場合、理解できた頃にはどうすることもできなくなっている。ホント、切ないなあ。でも、だからこそ人生ということもある。人はこうしたことを経験するたびに強く、優しくなっていくんだと思う。少なくとも昔はそうだった。

 もう一つ、「ジョニーへの伝言」で、伝言する側の女性が、踊り子に戻ればまた稼げるから大丈夫、みたいなことを言っているのを聞くと、この人も、前に紹介した「逃避行」の女性も、多分夜の仕事なんだろうな、なんて勝手な解釈をしてしまう。もちろん夜の仕事の女性イコール社会的弱者というわけじゃないけれど、ことさら歌の世界では悲しげな人が多いよね。男が馬鹿者で女が悲しげだと一曲できちゃう、というか。でも、「五番街のマリーへ」のマリーはなぜか「夜」系のイメージが感じられない。男の方も「逃避行」の例と違って、若さ故に恋よりも自分の夢を優先してしまったのではないかと・・・。今になってそれに気づき、自責の念に駆られている、これって、根っからの馬鹿者じゃないと思う。自他共に認める切れ者の誰かさんも言ってたじゃないですか、「認めたくないものだな、自分自身の若さ故の過ちというものを」って。そもそも根っからの馬鹿者って簡単には治らないから、自分のしたことに気づきもしないもんね。

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 昔はみんな旅に出た その3

 こりもせず、例によって何かの理由で旅に出る歌のお話。今回は「悪い男」について。昭和の時代に麻生よう子と言う歌手がいた。1974年、19歳の時のデビュー曲が「逃避行」という名曲で、いきなりその年のレコード大賞を獲得した。しかしねえ、19歳の女の子にあの歌の内容が理解できるんだろうか。その内容というのが、一からやり直すために、人目を忍んで今住んでいる街を出て行こうとするカップルの話なのだ。その街で二人に何があったのか、なぜ人目を忍んでなのかは説明されていない。早朝5時に駅で待ち合わせるが、思った通り男は現れない。女の予想では酔いつぶれているか別の女に引き留められたか。何本かの列車を見送った後、「諦めたわ 私」と、1人で汽車に乗る。これねえ、都倉俊一が作曲していて、とても綺麗な曲なんですよ。だからついだまされてしまう。だって、この男バカじゃん。許しがたいヤツだよね。多分近場にいたら「お前な。」ってなっちゃうと思う。でもだからこそ、そんな男に、最後にもう1度だけ賭けてみようとする女の健気(けなげ)さがじんとくるわけだ。今では男気のある男だの、健気な女だのは顕微鏡で探すような時代になっちゃったけどね。

 ところで昭和の歌謡曲にはこういうアホウな男がいっぱい出てくる。堺正章のデビュー曲、「さらば恋人」なんて、恋人が寝ている間に家を出るんだぜ。そして心の中でつぶやく、悪いのは君じゃない、僕なんだ、なんて。バカヤロウ!石橋正次(今なにやってんだか)の「夜明けの停車場」では、1人で旅に出るオレは悪いやつ、とか、君には罪はない、とか言いながら見送りまでされてんの。時代が進んで狩人の「あずさ2号」なんて、あなたじゃない誰かと旅に出ますって、宣言するなよ!まださようならは言えないけど、貴方から旅立ちますって、いったい何?こうなるともう、ただの言い訳でしかない。それがペドロ&カプリシャスあたりの曲になると、例えば「五番街のマリーへ」とか、遠い昔の話だし、歌詞の内容が非現実的なので、「ウンウン、そういうこともあるよ」なんて、素直に感情移入できてしまったりする。(だって、五番街ってそもそもどこよ?まさかNY?)あー、でも「ジョニーへの伝言」ではやっぱり2時間待たされてるか。結局一人でバスに乗るし。でも取り巻きがいい人そうなのが救いかな。それにしても、マリーだのジョニーだの、なぜ英語名?このへんも非現実的。横須賀あたりの若者のニックネームなのかな。

 思うに、昭和の女性はまだまだ社会的弱者であったということなんだろうなあ。ちなみに「五番街のマリーへ」も「ジョニーへの伝言」も、作曲は都倉俊一。道理で垢抜けている。

 こうした男どもは、自分の罪を認めることで都合の良いシチュエーションを作ろうとしているんだろう。「君は僕といたらきっと不幸になる、だから別れた方が良い」なんてセリフはこの時代、映画やドラマでも掃いて捨てるほど聞かされた。このセリフ、自分で言うのと人に言われるのではえらくニュアンスが違う気がする。何故なら自分で言う時って、ただの自己憐憫でしかないような気がするからだ。そういえば僕の知り合いにもそんなヤツがいたっけ。口癖のように「ごめん、オレバカだからさ。」なんて言うヤツが。ある時そいつが、よせば良いのに僕に向かってこのセリフを吐いたことがあった。僕は真顔で「うん、知ってる。お前本当にバカだもんな。」と言ってやった。その時のそいつの愕然とした表情が忘れられない。誰が庇(かば)うもんか。男たるもの、バカじゃないことを証明するために少しでも頑張って見せろと言いたい。

 実は今回のきっかけは、和田アキ子の「あなたにありがとう」という曲を思い出したこと。貴方に会えて幸せだった。楽しい夢をありがとう、忘れずに生きていくわ。春が来たら会いましょう、思い出話をしたいから・・・と、別れた相手に対して歌っている。これって良いよね。今は別れてしまったけれど、たくさんのものを貰ったんだよって事でしょう?人付き合いはこうありたいもんだ。それが例え男女の仲であっても。メロディーも軽快かつ明るい感じの曲で、調べてみたら何とこれも都倉俊一の曲でした。