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 時には昔の話を

 カミさんが加藤登紀子の「for peace」というCDを買った。60周年企画アルバムと聞いてもしやと思い、すぐさま曲目をチェックしたところ…あった。「時には昔の話を」という曲。「ちょっと、これを真っ先に聞かせてくれんかな」と頼み込んで、かけてもらったところ、「おお、こっちのアレンジのほうが映画に近いんじゃないか?」

 何の話かというと、この曲はジブリのアニメ映画、「紅の豚」で使われていて、今回買ったCDに収録されたバージョンが、初めて収録されたアルバム「百万本のバラ」のそれとは違って映画寄りの、僕好みにアレンジだったのですよ。

 「紅の豚」は、僕がジブリ作品のなかで最も好きな作品だ。飛行艇時代といっても過言ではない1930年代、あるいは世界恐慌前夜といった時代の話で、それがエピローグで現代(公開は1992年)まで繋がるのはちょいと無理がある。なぜなら、映画のなかで36歳という設定の主人公ポルコ・ロッソは、1992年には100歳近いはずだからだ。だが本編はそんなツッコミが野暮に思えるほど気持ちのいい話だ。

 最後のシーンで、ヒロインであるフィオが操縦する近代的な自家用ジェット飛行艇が登場するが、コクピットから俯瞰する「現在」のホテル・アドリアーノの駐機スペースには、ポルコの愛機サヴォイアS.21が見えるし、話の流れからすれば登場人物の皆さんは今もご存命であると。これはもう、運転免許返納どころの騒ぎじゃねえぞ。だがしかし、宿敵カーチスの映画ポスターは1950~60年代の雰囲気だ。まあ根幹からして、人を豚に変える魔法が出てくるわけだから、これは一種のおとぎ話なのだ。そう考えて開き直るしかあるまい。そしてそのエンドロールに流れるのがこの「時には昔の話を」なんですねえ。

 セピア色に変色した古ぼけた写真(のイラスト)とともに流れるこの曲は、若かったころの仲間たちと昔を懐かしむ歌なんだが、音楽に劣らずその写真もいいんだよ。人類がやっと空を飛べるようになった頃の、古き良き時代の雰囲気が出ててさ。ここに写っている人物のほとんどがブタなのは、時代に翻弄されるなかで、その生き方を貫こうとする愚直な男たち(見る限り女の豚はいない)、というふうに僕はとらえているんだけど、果たして当たっているかどうか。

 ところでこの曲を聞くと思い出す曲がもう1曲ある。それは森田童子という得体の知れない(本当に今もよくわかっていない)シンガー・ソングライターが1976年にリリースした「僕たちの失敗」という曲だ。1993年に「高校教師」というドラマで使われ、リバイバルヒットしたので、知っている人も多いだろう。ただしこの曲はそれほど長いスパンを振り返っているわけではなく、(おそらく)当時の学生運動にかかわっていた若者が、にっちもさっちもいかなくなって、失意のうちに自分の生きざまを振り返る歌だ。容赦なく過ぎていく時代の流れに乗り切れず、変われなかった「僕たち」。よござんすか。変わなかったポルコたちと変わなかった「僕たち」。たった一文字の違いだが、この差は大きい。

 タイトルの「失敗」という言葉のニュアンスも相まって、「時には昔の話を」と比べると、「僕たちの失敗」は少し閉鎖的で悲しげだ。おそらく「過去」が「思い出」に変わるには、それなりの時間が必要なんだろう。だが僕はどちらも好きだ。

追記 「時には昔の話を」にはその場にいない仲間に「君もどこかで走り続けているよね」と語りかける歌詞があるんだけど、それが僕のなかでは、以前紹介した中島みゆきの初期の曲である「傷ついた翼」の「飛んでいてね あなたの空で」という歌詞と妙にリンクする。こういう言い回しって、なんかいいよな。

作成者: 835776t4

こんにちは。好事家の中年(?)男性です。「文化人」と言われるようになりたいなあ。

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