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 「ロッホ・ローモンド」…のはずが…。

 ロッホ・ローモンドとはイギリスのスコットランドにある湖、「ローモンド湖」のことだ。そこそこ有名な観光地の一つだが、スコッチ・ウイスキーやスコットランド民謡にも同じ名前のものがあるので少々ややこしい。ちなみに「ロッホ」というのはスコットランドの方言で湖を意味する言葉で、例えばあの有名なネス湖なら「ロッホ・ネス」となる。

 イギリスは不思議な国だ。正式には四つの国(イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド)からなる連合王国(ユナイテッド・キングダム=UK)で、妖精や幽霊がいるのは当たり前。怪獣が住む湖があり、味わい深いウィスキーを産し、古代の巨石があちこちに屹立する。きわめて保守的な国民性かと思えば、いきなり前衛的な文化が芽生え、そして何よりも、王国であり、貴族層が存在するにもかかわらず、固有の美味しい料理が全くと言っていいほど存在しない。その証拠に、大きな書店の料理本コーナーで探してみても「イギリス料理」に関する書物はまず見つからない。

 僕はこの10年ほどの間にやっと2冊見つけたが、そのうちの1冊は「ロンドン おいしいものを探す旅」、つまり旅行者向けの食べ歩きガイドのようなものだ。もう1冊は「ホントはおいしいイギリス料理(※1)」。こちらはレシピも載せた正真正銘の料理本。ただねえ、帯の文言が…。「あの(あの、だよ?)イギリス料理をおいしく食べる」って、もう認めたようなもんじゃんか。しかも日本人の著者が「はじめに」として「日本人の口に合うように考えたレシピ」と言っている以上、もとは日本人の口に合わなかった、ということだろう。

 驚くことに、この本ではマッシュポテトやキュウリのサンドイッチまでもがいち料理としてそのレシピを紹介されていて、キュウリのサンドイッチなんて、塩をしたキュウリの薄切りをバターを塗ったパンで挟むだけ。たった1行でレシピが書ける。アフタヌーン・ティーの定番なんだそうだが、何も知らずにこれを出されたら嫌われたと思うぞ。

 料理の名前も独特だ。「穴の中のヒキガエル」だとか「馬に乗った悪魔」だとか。ちなみに前者は小麦粉の生地にソーセージを入れてオーブンで焼いたもの、後者はプルーンにアップルチャツネを塗ったベーコンを巻き、オーブンで焼いたもの。それがどうしてこんな名前になるのか、全く理解できない。名前をつけたヤツのセンスもどうかと思うが、それが定着して今も残っているあたりがすごい。「めんどくさいからいいよ、もうこれで」なんて声が聞こえてきそうだ。

 断っておくが、僕はこの本自体をけなすつもりはない。むしろこうしたイギリス料理を紹介しようとする著者の姿勢は大歓迎だ。だがイギリスの食文化や食のセンスに関しては、日本人には理解しがたいものがあることもまた事実だ。

 そんな英国食料品界隈で、唯一素晴らしいと思う業績(※2)がある。それは汎用カレー粉を発明したことだ。インドがイギリスの植民地だった時代に、カレーを本国で手軽に食べるために開発したらしいが、これは我が家のキッチンでも大いに役立っている。でもこういうことができるのなら、まずてめえっちの料理を何とかしろよ、と言いたい。

 なんだか話がとんでもない方向に進んでしまった。本当は「ロッホ・ローモンド」というスコットランド民謡とジャコバイトの反乱について書こうと思っていたのに、いつの間にかカレー粉の話をしている。これはきっとカレーの妖精が(いないいない)僕を惑わせたに違いない。やはりイギリスは侮りがたい不思議の国なのだ。仕方がないから「ロッホ・ローモンド」については続編として書くことにして、最後に僕が最も驚いたイギリス料理を紹介する。

 その料理とは、「スター・ゲイジー・パイ」、直訳すると「星を見上げるパイ」。でも「星を見上げる…」というロマンティックな語感からは想像もつかない見てくれだ。初めて見たとき、これは何の冗談だ?と思ったもんな。あえて画像は載せずにおくので、ぜひとも自分で検索してみてほしい。きっとあなたも「あ、ホントだ、見上げてる…」と思うだろう。そしてほんの少し、切なくなるに違いない。

※1 一般的な家庭料理に主眼を置き、ハギスやウナギのゼリー寄せといったトンデモ料理は除外されている。

※2 ウスターソースという逸品もあるが、伝承によればあれは偶然の産物だから、ここでは「業績」とはしない。

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 ハギスという食べ物

 昨年の今頃、「ハギス」というものを初めて食した。知ってます?ハギス。僕はもともと酒好きで、と言っても浴びるほど大量に飲むという意味ではなくて、例えばスコッチだったらノッカンドゥが好き、とか、ボルドーワインの白も捨てたモンじゃないよ、とか、そういう飲み方だ。普段はビールが多いのはよそ様とあまり変わらない。おかげでここ数年、人間ドックでは肝臓の数値がひっかかり続けている。ウイスキーについては、若い頃はバーボン一辺倒だったが、30代を過ぎてからはスコッチに切り替えた。特にシングルモルトが好きなのだが、通というほどのものでもないので、「ボウモア」のような癖のあるものにはちょっと手が出ない。定番の「グレン・フィデック」から始まって、今は「ノッカンドゥ」が好きである。好きな酒についてはその背景や歴史を調べてみたくなるのが常で、スコットランドについての文献をいろいろと読みあさり、それなりにスコットランドの地理や地勢、食生活やら音楽やらの情報を得たのだが、そのなかにたびたび「ハギス」という料理が登場する。

 ところで皆さんご存じの「蛍の光」という曲。あれはスコットランド民謡のメロディーに日本語の歌詞をつけたものだ。スコットランドでは過ぎ去った過去を旧友と懐かしむ歌で、歌詞がだいぶ違う。そしてその歌詞を書いたのが、スコットランドの国民的詩人である、ロバート・バーンズという人。ご存じのように、イギリスはそもそも4つの王国からできている。そのうちの一つ、スコットランド王国の国民的詩人という意味で、けっして「UK」の国民的詩人という意味ではない。ここはちょっと大事なポイントです。

 さて、スコットランドでは年に一度、ロバート・バーンズをたたえる日というのがあって、この日に食べる夕食をバーンズ・サパーという。そして、ここで必ず食されるのが「ハギス」なのである。どんな食べ物かというと、羊の内臓をミンチにし、オート麦と牛の脂と数種類のハーブにスパイス、刻んだタマネギ、さらに塩を加えて羊の胃袋に詰め、数時間ゆでたもの。食べる時には胃袋から取り出してマッシュポテトやゆでた蕪を添え、スコッチを垂らして熱々をいただくんだそうな。一種の郷土料理である。ちょっとびっくりしたのは、使われている内臓に「肺」まで含まれていることだ。内臓好きの僕は今までいろんな部位を食べてきたが、「肺」はまだ食べたことがない。何かの番組でヨーロッパのマーケットの店先に、動物の肺が原型のまま山積みになっているのを見たことがあるので、向こうでは一般的なのかもしれない。ちなみにロバート・バーンズはハギスをたたえる詩も書いているというから徹底している。

 もっとハギスのことを知りたくて、ある時知り合いのイングランド出身の英国人に「ハギス、食べたことあるか?」と聞いてみた。すると彼はいきなり指を2本口に入れて「オエーッ」と言った。彼はそれで答えたつもりらしい。なるほど。イングランド出身者に聞いた僕が馬鹿でした。イングランド人はいつもスコットランド人を見下しているからなあ。もっともその逆も事実なんだけど。こうまで徹底しているとはねえ。

 こんな小咄がある。イングランド出身の教授が、新しい辞書を編纂する際にオート麦の説明として「スコットランドでは人間の食料だがイングランドでは馬の飼料として使われる」と書いた。するとスコットランド出身のもう一人の教授が、その後に「だからイングランドでは優秀な馬が育ち、スコットランドでは優秀な人間が育つ」と付け足したという。イギリスってほんと、変な国である。

 さて、そんなハギスを一度食べてみたいものだ、と常々思っていたのだが、ある時、意を決してネットで調べてみた。すると・・・結構あるもんですね。まず「アマゾン」で缶詰がヒット。さらに自分で作ってみた体験談やら、自分で作れる材料のセットやら、ハギスにまつわる記事も結構見つかった。レシピに関しては、日本でも簡単に手に入る代替え品を材料に使っているものが多かったので、ここはスコットランド人が日常的に食しているであろう缶詰にねらいを定めた(作るのに手間がかかるので、さすがのスコットランド人も普段から家庭で作るということはあまりないそうだ)。というわけで早速1缶注文。お届けまでがやけに長いなあと思ったら英国のショップからの直送であった。

 届いた包みを開けて驚いたのは、缶にプルリングがないこと。今時・・・ねえ。さすがは英国、という感じ。仕方がないので缶切りを探し出してきて蓋を開けた。すると、なにやら灰色の、脂ぎった塊がぎっしり詰まっている。美味そうに見せよう、なんて工夫は微塵もない。匂いはちょっとコンビーフに似ていて、そこにレバーペーストのような匂いも混じっている。悪くはない。ただ見てくれが・・・。そうだ、熱々で食べるんだっけ。少量を皿に取り、電子レンジで加熱。あたためがまばらで、配色がより一層恐ろしい雰囲気に。よく混ぜてもう一度加熱。これでやっと、トマトと一緒に煮込む前のミートソースのようになってきた。よく見ると、ところどころに黒いきれはしが混じっている。形や色からすると、もしかしてこれ、腎臓じゃないか?よし、食ってみよう。小さなスプーンで恐る恐る一口。んー、なんというか、複雑な味だ。でもけっして嫌いな味ではない。ただ、味につかみ所がない。コンビーフとレバーペーストの匂いがする何か。その「何か」の部分が説明できない。なんだか、「レバーペーストを作ってたんですが、そのへんに余ってた臓物がもったいなかったのできざんでいれちまいました」という感じ。でも、これ良いかも。この不思議な味は癖になる。その証拠に、翌日の職場で何度も味の記憶がよみがえってきて、「早くうちに帰ってハギス食おう」的な思考が頭の中を駆け巡っていた。ヤバイ薬とか入ってないだろうな、と真剣に考えたぐらいだ。

 ビールにも凄く合うのでつまみにもってこいだし、山のように盛ってマッシュポテトと蕪を添え、スコッチを振りかけてメインとして食するという本格的な食べ方も試してみたい。でもそれにはもっと大量に買い込まねば。何はともあれなかなかいい買い物をしたと思う。内臓臭が嫌いな人はダメだろうけど。そのへんは確かに万人向きではないかもしれない。

 

 3缶目が届き、この食生活が長く続きそうな予感がしてきたところで新型コロナが蔓延し始め、残念ながら英国からの輸入は現在、ストップしたままだ。あれからほぼ1年、早くコロナ禍が落ち着いてくれることを願うのみだ。イギリスに美味いものなし、と言うが、ハギスはスコットランドの寒風吹きすさぶ岩だらけの地が育んだ、寒さをしのぐための料理なのだという気がする。少なくとも僕は好きだ。次は一緒に購入したキドニー(腎臓)パイについても書いてみようと思う。