なぜか忘れられない
最近また思い出した。取るに足らない、でもなぜか忘れられない記憶。思い出すたびに微笑んでしまう。あの二人は、今頃どうしているだろうか。
それは20年以上前、カミさんと僕が新婚旅行に行った帰りの飛行機でのことだった。僕たちが乗っていたのはDC-10というかなり大型の機体で、座席は横が2ー5-2列の配置だった。僕たちは機首に向かって右側の2列席に座っていた。
カミさんは当時から乗り物に乗るとすぐに眠ってしまう人で、このフライトでも、僕がタイガを眺めたり映画を見たりしている間、ずっと眠っていた。少々あきれ始めた僕がふと機内に目をやると、同じ列の5列席の中ほどに欧州人と思しき若いカップルが座っていて、やはり女性が眠りこけている。男性が立ち上がって彼女の毛布を直そうとした時、それとは無しに眺めていた僕と目が合った。僕が眠っているカミさんに目をやり、軽く肩をすくめて見せると、彼もそれに応えるように肩をすくめ、(まったく、困ったもんだよね)とでも言うかのように苦笑いをした。
不思議なことに、その後の彼らの記憶は全くない。同じ成田で降りたはずだが、降りる準備をする様子も、最後にあいさつを交わしたかどうかも覚えていない。ただ、肩をすくめた彼の姿だけが記憶に残っている。
それだけのことなのだが、どういうわけか何年かに一度、何の前触れもなく思い出す。そしてそんな些細なことでさえ、自分の人生の一部であることに驚く。
あれから長い年月が過ぎた。彼は今、どこで何をしているのだろう。時折、僕のことを思い出したりするだろうか。元気でいるといいが。