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 都市伝説の誕生?

 NHKの「アナザストーリー」というドキュメンタリー番組で、「口裂け女」を取り上げたことがある。先日、その再放送を見た。

 口裂け女といえば、1970年代末、岐阜県で語られるようになった怪異譚だ。当初、それは地域的な噂話に過ぎなかったが、時間の経過とともに全国区の都市伝説へと成長。様々なエピソードが付け加えられ、地域によってバリエーションも生まれた。番組によれば、その過程で大きな推進力となったのが、塾などの子どものコミュニティー、もう一つがラジオの深夜放送だという。

 ネットが無かった当時、ラジオの深夜放送は若者が自分を主張する唯一の場だった。はがきによる投稿には、恋の悩みや社会に対する怒りに加えて、楽しいエピソードや自作の小咄までもが含まれていた。そしてそこには、口裂け女についての情報も数多く寄せられた。

 言うまでもなく、噂話というものは一種の伝言ゲームみたいなもので、伝わる過程で変化し、省略されたり、逆に誇張されたりする。さらに語り手には、より面白く興味深い話をしようとする心理が働くらしく、例えば最初の定型化した物語に「いや、オレはこんな話も聞いたぞ」といった尾ひれが付く。始めは個人の憶測だったものが時間とともに物語に取り込まれ、定説化することもある。こうしたことがラジオの深夜放送を介して起こっていた節がある、というのだ。さらに興味深いことに、もともと包丁(あるいは鋏)だった兇器が平家の落人(おちうど)伝説のある地域では日本刀に、鬼婆伝説のある地域では鉈(なた)に変化するなど、地域色も大いに影響しているそうだ。参考までに言うと、そもそも初期の口裂け女はマスクをしていなかった。「美容整形手術の失敗が原因」という要素も、大分後になって付け加えられたものだ。 

 もう一つ、こうした噂話の特徴として、話が全国に広がるにつれ、その出所の特定が困難になっていくことが多い。「○○から聞いた話」から「ΔΔが知り合いから聞いた話」、さらに「そういう話があるらしい」となり、物語が一人歩きするようになるのだ。こうしてオリジナルのイメージが曖昧になり、多くのバリエーションが生まれることになる。そこで一つ気付いた。これは、今問題になっているネット上のデマとよく似ている。

 政府が推奨しているコロナワクチンの接種。ネットではその副反応として、スプーンが身体に吸い付くようになるとか、不妊症になるとか、果てはナノチップが入っていて、個人情報を盗まれるなどというデマがまことしやかに囁かれている。逆にそういったデマを集めて紹介しているブログもあるから目を通してみるといい。面白いよ。 

 何しろ口裂け女にしてもワクチンにしても、例えば口裂け女は時速100キロで走り、日本刀と鉈と包丁を地域によって使い分け、赤いドレス(血が目立たないように)や白い着物(血が目立つように)を着ていて、姉(妹)がいる。それどころか、実は三姉妹。ニンニクが好きで嫌い、べっこう飴が好きで嫌い。金平糖は嫌い。ポマードの匂いも嫌い。美容整形手術の失敗によって口が裂けたが、韓国では整形し直すと怒りが収まる。で、実はCIAの心理実験でした。よし、だんだんはっきりしてきたぞ(そんな馬鹿な)。あるいは、コロナワクチンを打つと不妊症になり、遺伝子情報が書き換えられる。ナノチップが入っていて情報を盗まれ、スプーンやフォークが身体に吸い付くようになる。いやいや、くっつくのは磁石だよ。接種から5年後に死亡する。5G接続が容易になり(それは便利)、マインドコントロールされる。5Gが普及する2021年7月に死亡する(5年後じゃなかった? 7月、もう過ぎてるよ?)。孫の代で不妊症を発症する(どうやって検証したんだろうなあ)。いくら何でもこれら全てが真実だなんてあり得ないし、矛盾も多い。言った本人は「我こそが真実を語っている」と主張するだろうが、全員集めて討論させたらどんな結論が出るか、興味津津だ。是非ともやらせてみたい。

 番組では、当時の小学生に口裂け女がいると思うかを問う場面があって、3人のうち2人が「いないと思う」と答えていた。一方ネットでは今年、ワクチンを接種した大の大人が、自分の腕にスプーンをくっつけて「ほら、ほらあ!」みたいな顔をして動画をUP。マジシャンにでもなった方が良いよ。子どものほうがよっぽど冷静。問題なのは、深夜のラジオ番組で放送されたはがきの内容と違って、ネット上の投稿は文章や画像として長期間残るということだ。つまり、より多くの人々の目に触れる。そうなればこのご時世、妄信する人の数はラジオの比ではないだろう。ただ、こうしてみるとコロナワクチンに関するデマは、詰まるところ都市伝説の域を出ない。ということは・・・そうか、つまり口裂け女が目の前に現れて、「コロナワクチンは接種しちゃダメよ?」と言ったら、接種を止めれば良いということだな。