夏と言えば怪談 2023「あるライフプラン・コンサルタントの場合 3」
(前回からの続き) 若くしてご主人に先立たれたKさんは、最近新しいパートナーに出会った。その男性は一人暮らしで、夕食は近場の飲食店で摂ることが多いのだそうだ。これはKさんがその男性から聞いた話。
ある夜、その男性がいつものように夕食を摂ろうと、会社帰りにとあるファミリー・レストランに寄った時のこと。店内に入ると、ウエイトレスが声を掛けてきた。「いらっしゃいませ!三名様ですか?」男性は一瞬動きを止め、周りを見回した。客は自分の他には一人もいない。「・・・一人ですけど。」「あっ・・・はい、失礼しました。どうぞこちらへ。ウエイトレスも一瞬戸惑ったようだったが、そのまま男性を席まで案内した。その後ウエイトレスは何事もなかったかのように自分の仕事をてきぱきとこなし、男性も普通に食事をして帰宅した。その間、男性が何らかの違和感を感じたりすることはなかったそうだ。
あの一瞬、ウエイトレスは一体何を見たのだろうか。あと二人の客というのは、その男性に憑いてきたのだろうか。それともたまたまそこに居合わせた何かだったのか。勿論見間違いの可能性もある。ファミリー・レストランの入り口はガラスが多く使われているから、夜ともなれば店内の人影が映り込んだりする可能性は格段に上がるだろう。ガラス越しに見えた次の客を男性の連れと勘違いすることもあり得る。だがこれについては男性自身が他に客がいなかったことを確認している。ウエイトレスのふるまいも気になる。三人ですか、と言っておいて、一人と訂正されても大きな動揺もない。こうしたことに慣れているように見える。だとすれば、このウエイトレスは「見える人」だということもあり得る。もしかしたら、バックヤードで同僚に「また見ちゃったよー」などと、普通に話しているかもしれない。そしてこの後、話は一層不可解な展開を見せる。
この男性が後日、同じファミリー・レストランに入った。その時は入店時に何か起こるでもなく、無事に席まで案内されたのだが、その後がいけなかった。案内してくれたのとは別のウエイトレスが、水の入ったグラスを三つ、男性の席に運んできたのだ。そのウエイトレスは、一人で座っているKさんを見て、怪訝な顔をしながらそのうちの一つだけをテーブルに置き、その場を離れた。男性がその後を目で追うと、残りのグラスを他のテーブルに運ぶでもなく、首をかしげながら配膳カウンターに戻って行ったという。さて、これをどう解釈したものか。またしても見知らぬ二人が同席していたのだろうか。もしそうなら、その男性に怪異の理由があると考えるべきだろう。だがこの手の怪異譚では、直前に客の友人や家族が亡くなっているパターンがほとんどであるにもかかわらず、男性にはそのような事実はまったく無いそうだ。ところが、僕が後に聞いた話によると、実はこの男性自身がただ者ではなかったのだ。
Kさんが知り合ったばかりの頃、この男性は県外の賃貸しマンションに住んでいて、ある時その近くの観光地を巡ろうと、子供連れで遊びに行ったことがあった。すると例の長男坊が右腕が痛いと言い出した。「このマンション、変だ。上か隣でなんかあったんじゃない?」これを聞いて男性が言うことには、上の部屋も右隣も、いわゆる「心理的瑕疵(かし)※」に当たる出来事があったそうだ。しかもこの男性、誰もいない自室で就寝中に、女とわかる手に両足首を摑まれて飛び起きたことがあるという。なるほど、Kさんと馬が合うわけだ。
Kさんのご家族は別にしても、亡くなられた先のご主人は「見える人」で、現在のパートナーの男性も怪異の体験者。勿論、人には言えない体験をしている者同士のシンパシーということはあるだろうが、よくもまあ、これだけの体験談が集まるものだ・・・そこまで考えて、ふとある疑問がわいてきた。集まるって、どこに?僕はKさんに冗談半分でこう聞いてみた。「あのさあ、なんだか現象自体がKさんを中心に起こってるような気がしない?」すると彼女は「いやあ、そんなことないですよ。」と、事もなげに笑った。「だって、多かれ少なかれ、みんな経験してることじゃないですか。」いやいやいや、それは違うと思うぞ。
※ 心理的瑕疵とは、賃貸し不動産等で、借り主に心理的な抵抗を感じさせるような要因のこと。例として、過去に事件・事故があった、近隣に不快な施設がある等があげられる。特に人が亡くなっている事件・事故に関しては、いわゆる「事故物件」認定の理由になることが多い。