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 秋のSF祭り 「宇宙征服」

 「宇宙征服」というSF映画のDVDを買った。聞いたこと無いって?そりゃそうだ。何しろ1955年の映画だからね。僕だって子供の頃にTVで見たのが最初だもんな。で、次に見たのが1994年ごろ発題されたLD。でもLDプレーヤーがまともに動かなくなってからは、長い間ソフトが全く見つからなかった。それが今年、何気なく検索したら、アマゾンでDVDを発見。2022年に発売されていたらしい。うーん、やはりBDにはならないか。今となってはマイナーな映画だからなあ。

 さてこの映画、近未来に人類が火星探査をする、というだけの筋書きなのだが、当時としてはかなり現実的なデザインの宇宙船が登場することは、以前宇宙船のデザインについて書いたときに触れた。これは原作が小説ではなく、当時の科学解説者ウィリー・レイが書いた「宇宙の征服」という科学啓蒙書だったからだろう。目的地も宇宙征服と言いながら、実はお隣の火星だったりする。だから宇宙船には火星の薄い大気中で滑空するための巨大な翼がついている。さらに往路の加速のために使ったバカでかい燃料タンクは、本体の総質量を減らすために途中で切り離し(加速・減速時の燃料効率が上がる)、火星大気に突っ込ませて焼却するなど、描写もかなりリアルで、今までのちゃちな1段式ロケットとは一線を画していた。そんなわけで宇宙船の秀逸なデザインばかりが印象に残っていたのだが、今回あらためてDVDを鑑賞してみると、そのストーリーは何とも言いようのない矛盾だらけの代物だった。

 まず第一に、探検隊のメンバー。こんな連中じゃ間違いなく計画は失敗する。何しろ隊長(将軍ですね)が途中で精神を病み、「神が与えたもうた地球を飛び出して、他の惑星の資源まで手に入れようとするのは神への冒涜だ」なんて言い出す。勿論いろいろやらかしてドラマを盛り上げてくれますぜ。その隊長に長年連れ添った鬼軍曹も、メンバーじゃないのに密航してついてくるし、将軍の息子は大尉の身分でありながら「新婚なのに…早く地球に戻りたい」なんて愚痴ばかり言っている。メンバーの中で一番まともに見える日本人隊員のイモトは「日本人は紙と木でできた家に住み、木の箸を使う。それは日本に資源が乏しいからだ。金属のスプーンやフォークを使いたくても使えなかったんだ。だからよりよい生活のために資源を求めることは間違っていない」と、火星探検の意義を説く。えっ、そうだったの?知らなかった…同じ日本人として泣けてくる。

 そして何よりも(今回あらためて鑑賞するまですっかり忘れていたが)、この計画はもともと月旅行だったものが、急遽火星旅行に変更されるんだよ?そんなの絶対にムリ…と思いきや、そもそも宇宙船のデザインが先に述べたとおり、どう見たって月旅行用じゃない。つまり火星旅行が可能な宇宙船を作り、その試験飛行として月へ行く、そういうことだったらしい。それをぶっつけ本番で火星旅行に変更。あり得ねー。

 というわけでこの映画、宇宙船のデザインはよかったものの、肝心の脚本がポンコツで、映画としては失敗作となってしまった。陳腐なドラマを省いて、もっとドキュメンタリータッチに寄せたほうが受けが良かったような気がする。でも特撮や科学的考証に関しては、当時としては画期的な映画だったことは確かだ。

 ところでこの映画の功労者と言えば、何といっても宇宙画家チェスリー・ボーンステルだろう。往年のSFマニアなら彼の名を知らない人はいない…いや、いるかもしれないけど、とにかくその筋では有名な人。彼は映画の原作本である「宇宙の征服」にも数多くのイラストを提供していて、それらを参考に映画が製作されたことはまず間違いない。「火星探査」という別の書籍には映画に登場したものとほぼ同じデザインの有翼火星探査船も描かれている。彼の作品はSF映画のみならず、アメリカの宇宙開発計画そのものにも多くの影響を与えていて、個人的にもリアルな、それでいてロマンあふれる宇宙画を数多く制作している。1976年には長年のSF界への貢献が認められ、ヒューゴー賞(※)特別賞を受賞した。1986年没。

※ 前年度のSF・ファンタジー小説から選考によって選ばれた作品や関連する人物に贈られる賞。2015年には初めてアジアの作家(中国人)による作品「三体」が選ばれ、話題になった。 

 ボーンステル「タイタンから見た土星」。1944初出。初期の傑作と言われている。
 ボーンステル「火星探査」のためのイラスト。有翼の火星探検船が軌道上で建造されている。1956年初出。 いずれも河出書房新書「宇宙画の150年史」より。
 「宇宙画の150年史」河出書房新書刊、ロン・ミラー著。タイトルのとおり、古くは19世紀末の挿絵から現代のデジタルアートまでを網羅している。印刷なども高品質。SF好きにはたまらない1冊だろう。