オージービーフの実力
以前にも書いたことだが、牛肉は赤身が好きだ。霜降り肉の魅力もわかるのだが、初めのうちは良くても、だんだんと脂が鼻につくようになってくる。結果的にたらふく食べることができない。なんだか騙された気分になる。だがほとんどの和牛は、典型的な赤身の部位であるはずのフィレ肉にまで、しっかりサシが入っている。僕に言わせれば、これではフィレを食べる意味がない。和牛の純粋な赤身!この要求を伝えると、行きつけの精肉店のスタッフも困った顔をする。実際サシの少ない和牛を探すのは至難の業だ。考えた末に、そのスタッフはランプ肉を勧めてきた。これは僕の要求を八割方満たしてくれた。しかもお買い得感がある。と言っても和牛は和牛。まあ、安くはない。
ある時、昼食用に安い牛肉の赤身肉を買ってきて、ステーキにして食べた。米国産のサーロインで、独特の臭みがあった。しかも容易に噛み切れない。何しろステーキナイフで切り分けるのに苦労するぐらいだから無理もない。そして最後に繊維の塊が口に残った。くそ、二度と買わねーぞ。
さて、オージービーフ。オージービーフとは、要するにオーストラリア産の牛肉だ。これがなかなか良い。臭みがなく、厚切り肉をステーキにしてもそこそこ柔らかい。おそらく飼料に工夫がされているのだろう。そこでスキヤキにも挑戦してみた。我が家のスキヤキは割り下を使わない関西風。おお!これ、ベストマッチかも。別にもらった牛脂(加工してないやつ)で焼けば、脂の香りがまとわりついて、それでも味わいはしっかり赤身肉。しかも薄切りだからなおのこと柔らかい。何しろ箸でほどけてしまうぐらいだ。これなら何枚でもいけるぞ。
日本人の脂信仰は今に始まったことではないけれど、最近では盲信とでも呼ぶべき域に達している気がする。見事なサシの入った断面を見て「美しい!」と言う人がいる一方で、「うえぇ、見ただけで胃がもたれる」なんて言う人もいることを忘れちゃいけない。
脂が美味しいから脂の多い肉牛を育てる。その発想はフランス人のフォアグラに対する考え方と似ている気がする。だが海外には、赤身をいかに美味しく食べるか、という問題を追及する業者も多い。実際アメリカにも、和牛ほどではないものの、柔らかな美味しい牛肉は存在していて、これは牧場主の努力によるところが大きい。しかもサシなど一切入らない赤身肉だ。勿論高価で、スーパーなどに並ぶことはない。フランスには牛肉を熟成させることによって、いかに味わい深い赤身を作るかということに心血を注ぐ精肉業者がいる。彼の手がけた赤身肉は小豆色で、えもいわれぬ熟成香があるという。これも高価で、どちらも限られた店でしか食べることができないそうだ。
話が大きくなりすぎた。オージービーフの話だった。今回確信したのは、スキヤキや牛丼の具だったら、オージービーフで必要十分だということだ。ことに牛丼の具など長いこと煮込むので、和牛で作ったら(そんな酔狂な人いないと思うけど)、脂が溶け出して肉のかさが減り、ツユは浮き脂だらけになってしまうだろう。なお、スキヤキに関しては脂が少ない分、牛脂を適宜補うことをお勧めする。ステーキは和牛よりは多少堅いけど、まあ、そのために歯があるわけだからね。あるでしょ?歯。
工夫次第で美味しい牛肉が食べられる、そんな可能性を秘めたオージービーフ。こいつはちょっと侮れない。しかも安い!そういえばあまり見かけないけど、オージービーフのフィレって一般には出回ってないのかな。でもアマゾンならフィレブロックが手に入りそうだから、今度試してみよう。